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アンドレイ・モングーシュ・ライブ

 昨晩(8月22日)は子どもを連れて大阪は四ツ橋へ。「EXODUS」にて、トゥバの名ホーメイ歌手アンドレイ・モングーシュ氏(Andrei Mongush)のライブがあったのだ。サポートに同行されていた尾引浩志さんと少し話したら、「いやあ、アンドレイさんのホーメイは独特ですよ。こう内側に入ってくるというか」とのこと。実際に聴いたアンドレイさんの歌声は、金色の輝きと大地の安定を持った声で、その浸透力は凄いものであった。最初の一声で空気が変わるのがわかった。
 ホーメイの基本はダミ声であるというのはよく言われる。ダミ声というと、しわがれ声やかすれ声と勘違いする人も多いのだが、そういう乾燥した声ではなくて、とにかく倍音を多く含んだ声である。この日のモングーシュさんの声は、きらびやかな倍音のつぶつぶがしぶきとなって会場に飛び散っているようだった。豊潤な溢れ出しそうな艶をもった「ダミ声」である。かすれのようなノイズのない、純粋は金色の河のような声。
 ホーメイ/ホーミーは、「2つの声を同時に出す超絶的歌唱法」というようなことがよく言われる。実際、モンゴルではホーミーが純粋に「楽器として」アンサンブルに参加することになり、その超絶技巧が強調されることになる。一方トゥバのホーメイでは、歌と混じりあっているということがよく言われてきた。そのことがトゥバ・ホーメイ独特の強い浸透力と説得力を生じさせているのだということが、このライブではよくわかった。
 進行役の尾引さんがステージでおっしゃっていたが、「声の芸」を超えた「歌の魅力」を強く感じさせられる。「ことば」〜「こえ」〜「ひびき」〜「旋律」の間を行き交うものが確かにあって、聴衆はその存在を追うことになるのだ。そして、どこか深いところに連れて行かれる。
 素晴らしいものを聴かせていただいた。

 前座は、「はい兄弟」の!PPe!(イッペイ)さんによる口琴と、尾引さんによるイギルとホーメイであった。
 イッペイさんは用意したトラックとループマシンを駆使して口琴を活かしていた。往復打撃と、ミュートに技を感じた。11月のライブの参考にしたいと思った。
 尾引さんは、長髪をばっさりと切り落として僧侶のような風貌になっていたが、演奏はいつもどおりの素晴らしいものだった。「倍音S」の名曲「三日月のような」も、アルバムにあるような大編成のバンドによるよりも、イギルとボーカル、ホーメイだけの方が一層魅力的に響くように思われた。

 最前列のスピーカーの前に陣取ってしまったので、PAと音の強さに終始さらされることになった。ホーメイや口琴の本当の魅力は、生にある。マイクとスピーカーを通すと、その音響的・場的魅力は8割方失われるといってよい。
 今回のライブでは会場がやや大きかったので、増幅の必要性はあったと思う。しかしながら、ややPAが効き過ぎている感じがした。リバーブは仕方ないかと思うが、エコーはややしつこかったのではないか。このエフェクトは、声のはじまり/おわりが持つ、かけがえのない緊張感を奪い去ってしまう。

 京都のカフェ「Yugue」は、四畳半がステージ、六畳が客席という構成なので、マイクを使わなくても十分に声や音が届く。あの環境でモングーシュさんの声が聴けたらどんなに素晴らしかったろうと思う。もっともYugueには昨夜のお客は入りきれなかったろうと思うけれど。

 モングーシュさんのステージの終盤では、「タルバガン」の等々力政彦さんがゲストとして参加した。モングーシュ、尾引、等々力の3人が、同時にホーメイをやっているというのは、愛好家にとっては悶絶ものの超豪華な夢のステージである。3大ギタリストの競演よりも有り難いものである。
 無理を承知でギタリストと比較するが、直観的な華麗さのある尾引さんのプレイは、ベック的といって良いかもしれない。伝統への偏愛とその学究的態度という点では、等々力さんはクラプトン的とも言えるだろう。身体化された技巧と地平線を感じさせるモングーシュさんは、ジミヘン的だ。そうすると、ジミー・ペイジに相当するイノベイターがいないことになる。もっともっとうまくなったら、そのあたりの仕事をしてみたいものだと思う(汗)。

 モングーシュさんが素晴らしいのはもちろんだが、尾引さんのボルバンナディルの華麗な夢幻性も素晴らしいし、岡山守治さんのどっしりした安定感も素晴らしい。等々力さんの人を覚醒させる響きもまた、ホーメイのかけけえのない一側面なのだと思う。ホーメイは本当に人それぞれというか、その人自身の表現なのだと、強く感じさせられた一夜だった。
by kotoba1e | 2008-08-23 23:34 | 喉歌入門記
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