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広島に行きました

 今日は家族で広島に行ってきた。何で行ったのかというと、サーランギー(インドの不思議な弦楽器)作家のピースケさんのブログを見ていて、「しゃもじでイギルを作りたい!」と思ったのが発端だった。
 イギルというのはホーメイのふるさとトゥバ共和国に伝わる二弦の擦弦楽器で、馬頭琴の原型とも言われているものなのだが、この音色が素晴らしくて欲しい欲しいと思っているのである。尾引浩志さんのライブなどでも、その豊かな倍音とポルタメントにいつもうっとりさせられる。
 弦長はほぼ600ミリということで、三線とほぼディメンジョンは同じと考えてもよいので、カンカラ三線のキットを改造して作ってみようと思ったこともあったが、これは今頓挫中なのである。
 もっと簡単な方法はないか、と考えていたところ、ピースケさんがしゃもじを加工して携帯琵琶を作ったという記事を読んで、これだ、これをパクってやろうと思ったわけである。すなわち、長さ1mくらいのしゃもじを入手し、それにテグスを束ねた弦を張り、ピエゾ素子のピックアップを付けたら、eイギルのできあがり、という訳である。これを買いに、しゃもじの名産地宮島まで行こう、と考えたというのがことの発端なのである。
 結果から言うと、お目当てに近いものを2000円という安値で入手することができたが、そのための交通費は家族一同で○万円掛かってしまった。でも楽しかったのでよしとすることにする。

 宮島に着くなり、鹿に襲われた。妻の鞄の中からおかきの袋をいきなり盗られた。手慣れたものである。鹿が群がっている中に入っていってそのおかきの袋を取り返すのは勇気のいる仕事だったが、その後鹿の群れに追いかけられることになったのはびっくりした。他の観光客は大笑いしてビデオを回しているようだったが、こっちは死にものぐるいであった。
 あと適当に印象に残ったことを書いていくと、厳島神社が良かったのは当然として、(1)焼きたてのもみじまんじゅうがおいしいものだということを知った。(2)牡蠣はやっぱりおいしい。下の子がその旨さに目覚めてしまったようで、眼を白黒させながらいくつもいくつも食べていた。長男はその異様な様子を恐れて、ひとつも手を着けなかった。(3)しゃもじが元々弁天様の琵琶を象ったものであることを知った。もともと楽器なのである。(4)竹串を飲み込もうとしている鹿から妻がそれを取った。これは鹿一頭の命を救ったに等しい。手を噛まれそうになりながら竹串を口から引き抜いた妻を尊敬した。もしかした恩返しがあるかも、とか考えたらもうダメなんだろうな。(5)家に帰ってさらに土産の牡蠣を食す。家に持ち込まない約束の日本酒を買い込んで食べた。宮島の街頭で食べたものより小振りだけれど、おいしい。次男は口をもぐもぐさせながら白目を剥きそうになっている。長男はあいかわらず遠目に見ていた。こういうの試さないと損するぞ、といいつつ、食べられたら取り分が減るのであんまり言わないようにして、おいしくいただいた。(6)長男の方は、旅行帰りの今夜を、旅先での夜に見立ててみたい、というのがあったらしく、家の各部屋に「松の間」とか「楓の間」とかという張り紙をし、風呂を整えていた。よくわからないが、本人にとっては現実の旅行と連続した「旅館ごっこ」であるらしい。ぼくらを出迎えてくれた猫のもっぷが、女将さんであるらしい。この仕掛けも結構細部の凝ったものになっていて、随分楽しませてもらった。

 宮島の後は原爆ドームと資料館に寄ったのだった。高校の修学旅行でも行ったのだが、大人になってから行くとまた印象が違う。今回はなんだか泣けてしかたがなかった。戦争というのはとんでもないものだという気持ちを新たにした。同時にそれに抗するには、戦争というのが現実にありうるものなのだという、徹底したリアリストでなくてはならないのだとも思った。「戦争はあってはならいないことですね〜」とか言いつつ「イマジン」を唱和するような精神こそ、唾棄するべきものなのだと思った。あの能天気さには、ここにある死と関わりあるものは一つもないと。

 今、家で飲んでいるのは伏見の日之盛「桃の滴」。結構上品な酒である。本当は広島の酒にしたかったのだけれど、コンビニで売っている賀茂鶴の純米吟醸はクソだと思っているので、近所の酒で済ませました。まあ成功だったと思う。

 とても良い一日だった。もう明日はどうでもいいような気がする。
by kotoba1e | 2008-01-13 23:45 | まち・地域・場所
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