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どうぶつ弁当

 今日は会議があって湘南まで行ってきた。本当は明日明後日までの長丁場なのだが、日帰りで帰ってきた。乗り換え駅の町田では、あんまり人が多いのでびっくりした。渋谷のようだ。鬱屈していた若い時分、渋谷をうつむいて歩きながら、「みんな死ねばいいのに!」と思っていたことを思い出した。同じことが、読んでいた松本圭二「アストロノート」にも書いてあったので、割と意識に近いところまでその時の感覚が帰ってきていたのだろう。

 会議は定足数のために行ったようなものだったので、途中で我慢できなくなってビルの外に飛び出し、庭石に腰掛けて「うぃ〜」と唸ってきた。だんだん頭が痺れ、眼蓋が重くなってきて、どうでもいい気持ちになってきたので、そのまま京都に帰ってきてしまったという訳だ。行動レベルではニコチン中毒の人とあまり変わらないような気もするが、騒音を出すだけこっちの方が迷惑かもしれない。

 行き帰りの新幹線は充実した読書の時間になった。行きは「アストロノート」。闇雲だが本当だ、と思わせる力のある詩集だ。最後の「スギトトホ」のそのまた最後の2行でぐっときた。無茶苦茶な暴走詩で突っ走ってきていながら、最後は愛娘カーハちゃんとのユーモラスな対話で収めるというのは、ちょっとズルいんじゃない?と思ったのだが、最後の

絶対死なないようにできる?
うん、できる。
にははっとした。犬を飼うの飼わないのというやりとりから出てきた言葉なのだけれど、いつかは死んでしまう命を、何か飛び越えてしまっている。そういう話を娘としている。そして末尾から、詩集全体にある響きを返しているように思った。
(で、松本圭二のブログを見たら、5月19日付けで、「とうとう犬が来た。黒のトイ・プードルで名前は「バロン」」とあった。「プラテーロ」にはしなかったんだな。カーハちゃんに反対されたのかもしれない)

 帰りは、倉田さんが送って下さった藤井貞和「タブーと結婚〜『源氏物語と阿闍世王コンプレックス論』の方へ」を読み始めた。面白い。


読書とは呪術の一種ではないのか。物語は神が見えなくなろうとしている時代の、それにとってかわる強力な<神>の装置であると、ここでも強調しておきたく思う。


 帰りの「のぞみ」の社内で、幕の内をもとめて食べている時、突然「どうぶつ弁当」というものが頭に浮かんだ。どうぶつが沢山入っている弁当。蓋の厚紙には、まんが昔ばなし風のイラストの中でありがちな動物たちがポーズを作っている。そして筆文字の「どうぶつ弁当」のロゴの下に、丸ゴチックで動物の名前が列記されている。「たぬき、きつね、さる、いたち、てん、しか、かもしか、いのしし、うま、きじ・・・」容器は普通の駅弁風なのだが、変に重みがあって、ゆすると毛がすれるような音がする。蓋を取ると・・・
by kotoba1e | 2007-05-20 01:49 | もろもろ感想
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