大原道念音頭

日中は気が散じてしまって一向にはかどらなかった。
夕方から荒川君の、大原に伝わる「道念音頭」の分析を行った。地元の人たちの踊りを、譜面化、図解化する作業なのだ。
今日は、6月に撮影させてもらった古老たちの踊りのビデオを分析して、踊りの単位的なまとまりを抽出しようとしているのだった。
今日の成果は驚くべきものであった。
唄の繰り返し単位と、踊りの繰り返し単位は、「あまり関係がない」ことがわかった。
唄は一定のフレーズが何度も繰り返されるように聴こえるが、実はその長さは、ばらばらとは云わないまでもかなりバリエーションがある。一方で踊りのほうは12拍の完結したループの繰り返しである。
だから、1コーラス単位で見ていくと、唄い出しに相当する動作とか、終わりに相当する動作というものは特に存在しないのだった。それは唄の長短にあわせて適当にずれていくし、踊り手は、ずれていっても一向に構わないという感じで、踊り続けるのだった。
音楽が踊りを支配しているのではなく、淡々と繰り返される踊りの上で、唄が自由に動き回っているという感じなのかもしれなかった。
荒川君は道念音頭の振りを、相当マスターしたようであった。
次の本番が楽しみである。
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by kotoba1e | 2009-11-26 00:44 | 音楽のことなど
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