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日々の倍音

■2月21日(日)
 通信教育部の卒業設計の合評に参加。

■2月22日(月)
 「府民の森ひよし」運営協議会に参加。「府民の森ひよし」をもり立てるのが目的のこの会だが、日吉地域のキーマンが集まっているこの会を、天若湖アートプロジェクトとしても活かしていきたいと思う。

■2月23日(火)
 京都市美術館での卒業制作展の設営。合間にふらふらととなりの動物園に迷い込む。オランウータンの巨大さにたじろいだ。夕方以降はレポートの添削に集中。

■2月24日(水)
 午後1番で地域デザインコースとしては最後になる卒展合評に参加。10年目にして幕である。感慨深いものがある。
 夕方から、黒谷さん近くのカフェ「懐古庵 納屋」にて、長根あきさんの「ムックリ」作りワークショップに参加。長根さんは、アイヌに伝わる竹製の口琴「ムックリ」の超人的な名手として高名な方である。ムックリの制作はこれまでも何度も試みてきたが、どうしても鳴るものができなかった。今回は概形ができているものを「削る」というものだったが、これだけでもそうとう色々なことを学ぶことができた。目の前で長根さんが試奏してくださるのだが、その不思議な響きにあたらめて驚かされる。ワークショップ後、そのまま「納屋」で長根さんとご飯をいただく。カウンターの向うの若いご主人と三人で、ホーメイや口琴の実演なども交えつつ、遅くまで話した。大変刺激になった。春には長根さんのお神楽グループが、黒田村の春日神社でやるとのこと。よく知った宮司さんのお名前も出てきて、これは行かねばと思った。
黒田村に関する記事

■2月25日(木)
 陶芸家M先生、歴史家のU先生とともに、信楽でのプロジェクトに備えての下見へ。不思議なペイントの火鉢が堆く積まれた家、荒れ地に散在する陶板の「顔」、大戦末期の信楽焼「地雷」など、驚くようなものと人。何よりも起伏に富んだ地形に張りつく巨大な登り窯と集落の姿が印象的だった。学校帰りの子どもたちが飛び跳ねながら挨拶していく。まだまだ元気な里のようだ。
 一昨年の冬にライブをさせていただいた「文五郎倉庫」で口琴を弾いてみた。素晴らしい響きに我を忘れる。何人かの人が、変な音を訪ねて覗きに来られた。
 夕方は「ひとまち交流館京都」へ急行。天若湖2010へ向けての会議。「府民の森ひよし運営協議会」や、宿泊場所候補の件などが話題。先日刷り上がった「筏復活プロジェクト」のリーフレットを配った。

■2月26日(金)
 3月2日からの「天若湖アートプロジェクト展」に展示するパネルの制作。出力に四苦八苦するが、かけつけてくれた市立芸大の三人のおかげでいいものになった。
 夜、大原まで急行。「大原道念音頭」の採譜資料と踊り図解を仮納品した。


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by kotoba1e | 2010-02-27 00:32 | 日々のあれこれ

最近と詩

 前のエントリに、タクランケさんと倉田良成さんがコメントを下さった。タクランケさんとは、随分前に蕃さん(水島英己さん)のブログで出会った。倉田さん編集の「tab」でご一緒させていただいたこともあった。倉田良成さんとも、水島さんのブログで出会ったのだと思う。倉田さんの散文詩集「東京ボエーム抄」を読んだ時の衝撃はいまも忘れることはできない。木々の戦ぎの向こう側にすでに異界が訪れているような感覚が、倉田さんの詩にはいつもあって、それは今も僕を戦かせているものと同じような気がする。いまも続いている共同詩誌「tab」の創刊メンバーに加えていただいたのは、とても有り難いことだった。一緒に関わった石川和広さんとは、今もときどきやりとりをしている。

 詩から遠ざかってしまったのはなぜだったのだろう。いっときはそれこそが最も大事なことであるように思われていたのだったが。理由はいくつでも探せそうな気がする。
 だんだん誉めてもらいたいような気持ちが出てきてしまったというのもあるだろう。これは馬鹿馬鹿しいことですね。でもとにかく率直に作っていたときの気持ちとは別のものが出てきてしまったというのはあったような気がする。うまさ、のようなものの方に気持ちが向いたりとか、詩を書いている人同士のつきあいのような方向に少し気がそれたようなところもあったように思う。まあ詩を書くこととは関係ない話であり、書けない話ともまた関係ないだろう、こういうのは。
 もう一つは自分の詩を眺めていて、なんだか嫌になったところもあったのだと思う。詩のなかに自分以外の人がいないことに気付いたことがあったのだった。どの詩作品においても自分と、身の回りのモノ、が描かれているのだと思った。人がいないのである。(「tab」の野村龍さんなんか、もっとそうだが、それは一貫した確信が感じられるのだった)。モノから立ち上る霊性のようなものに興味があったのは確かなのだが、詩をスタックしていく内に、そういうものしか見えていないところに気付いて、行き詰まってしまったのだろう。谷川さんなんかは、コカコーラの缶について微視的な観察を行っても、そこにエロスを感じさせる舐め回しの視線が前面に出てきて、なんだかすごいことになってしまう。そういうエロスが、たぶんないんだろうな、と思っていたところもあったような気がする。
 最近になって、少しだけれど二人称的に人のことを考えることが増えてきた。もしかしたらかつてと全然違うものが出てきそうな気もする。書いてみないと判らないが。以前のものを一端外に出して(まとめて)、次の作業に取りかかりたくなってきている。

 今日は学生に乞われて、「偽校歌」をつくった。大昔からあるといわれても違和感のないような、古くさくて無駄に格調高げなものをつくろうと思った。昼休みにiPhoneで書き、数時間後には彼女からメロディが返ってきた。冗談のような作業だが、建学の理念を自分的に確認するのには少し役立ったような気がした。
 CDにまとまるのが楽しみである。
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by kotoba1e | 2010-02-24 01:17 | ことばと表現

羽州之社

 近所の「やまや」に行ったら、720ml(4合)瓶に入って598円という酒があった。「浜田(株) 羽州之社 生貯蔵酒」という酒である。スペックで飲む訳ではないけれど、一応データを見てみると、
・原材料:米、米麹、醸造アルコール
・アルコール度数:14.0度以上15.0度未満
・原材料:美山錦100%
・精米歩合:55%
・酸度:1.4
・日本酒度:+3.5
ということで、そんなに悪そうな感じはしない。生貯蔵酒の割には度数が低いのと、精米歩合がそのくらいなのに、吟醸をうたわないのが少し引っかかるが・・・。
このくらいの値段ならダメモトで結構ということで買って帰ったら、結構いける。辛口というとすっきりしていて飲みやすいという印象があるが、日本酒度+5を越えるとへんなエグ味が出てくることがある。でもこのくらいだと上品なものだ。濃厚感はないけど、酔い加減は結構ハードである。
 しかし普通の吟醸の半値以下。どういう蔵、どういう流通なのだろう。

 いま調べたら、浜田株式会社(薩摩の濱田酒造とは別)は山形の蔵。慶応2年創業の老舗ながら、ワインも含め手広くやっているようだ。この値段なら、普段遣いにできるな・・・。歩き酒にもちょうどよさそうだ。
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by kotoba1e | 2010-02-24 00:41 | のみものだもの

一人歩き酒

 昨日一昨日と、仕事の帰りに300ml一人歩き酒。
 ひんやりとした空気に冷たい酒。それでもほんのりと温かくなる感じがよい。公園の辛夷のつぼみもふくらんできている。
 家や店で飲んでいると、どんどん進んでしまうけれど、回り加減もよいのだろうか。歩き酒だけなら、2合もいかずにいい気分だ。今度は明るいうちに、梅の木の間を歩きながらやりたいと思う。
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by kotoba1e | 2010-02-18 11:36 | のみものだもの

日吉へ

■2月11日(木)
 世の中は休みだが、朝一番で、ひとまち交流館京都へ。天若湖アートプロジェクトの執行体勢について会議。
昼からは職場のプロモーション。ブースの賑わいために、タンプーラ&ホーメイ。終わった後はK先生と担々麺で夕食。深夜、桂川筏リーフレットの原稿データがAくんより届く。ずいぶん注文を付けたが、良いものになった。受領。

■2月12日(金)
 午前中は、筏リーフレットのデータチェックとその印刷発注事務に追われる。午後から職場で成績処理。夜はひとまち交流館京都で、天若湖アートプロジェクト展の打合せ。

■2月13日(土)
 午前中は京都市美術館へ、京都市立芸術大学の制作展へ。現代美術的な作品もいいが、絵画作品や彫刻作品になんだか尊いものを感じた。ものを見つめること、素材と語らうことにとにかく時間をかけている若者がいるということに、なんだか励まされた。
 昼からは大同窓会。懐かしい先生、懐かしい若者たちと再会。こういう流れの中で働けてよかったと思った。

■2月14日(日)
 午前中は、デミオを飛ばして「京都府立府民の森ひよし」へ。プロジェクトについてあれこれお願いをしてきた。感触は良好。
 昼からは同じく日吉町内で、最後の筏師「栗山季夫さん」の講演会に参加。今でなくては聴けない、面白い話をたくさんうかがった。会場には、保津川下りの船頭さんで京大東南アジア研究所の研究員でもある河原林洋さん、アート・プランまぜまぜのさとうひさゑさん、丹波史談会/桂川流域ネットワークの秋里悠児さん、日吉町郷土資料館の山本さんといった方々も。
 閉会後は、分水界のまち「胡麻」の、「みとき屋」へ。閉店日だったのに無理矢理のようにお邪魔してしまった。でもとにかく豊かな時間。実の詰まった一日だった。
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by kotoba1e | 2010-02-15 00:19 | まち・地域・場所

プリウスのリコールについて

 すっかり有名になってしまったプリウスのブレーキだが、どうやら「効かない」のではなく、「効いている感じが足裏に返ってこない」という欠陥であるらしい。トヨタの数日前までの答弁によれば、これは「仕様」であり「欠陥」ではないということであった。これまでなされてきた個別の対応は、レスポンスが返ってくるようにプログラムをアップデートする、というもので、ブレーキそのものの機械的欠陥に対する修理というものではないようだ。おそらくリコール対象への対応も同様になるのだろう。
 ブレーキの「踏み応え」というのが、車からのダイレクトな応答ではなく、コンピュータによって作り出される、バーチャルな映像だったという点に、改めて驚かされた。操縦感覚は、すでに電子的に管理されているということか。
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by kotoba1e | 2010-02-10 18:35 | もろもろ感想

花が描きたい

 午前中は例によって無為に過ごし、午後から京都国立博物館と京都市美術館をはしご。
 国立博物館の方は、「ハプスブルグ家展」大変豪華な展覧会で、平日だというのに多くの人が来ていた。ダフィットー・テニールス(子)の『村への襲撃(農民の苦しみ)』という絵があって、そのど真ん中の村人にピストルをかざす男が、どうみても熟年になってからのリッチー・ブラックモアをモデルにしたとしか思えなかった。大変低レベルな感想であるが、こういうのに限って誰かに言いたくてたまらないのだった。
 16世紀のイタリア宗教画が集められている部屋があったが、描かれた人物たちの仏頂面にびっくりする。表情というものへの考え方が、その後の時代とまた違うのかもしれないなあと思った。これもばかばかしい感想ではあるが。そのあとの肖像画の精彩と比べると、不思議な気持ちになる。

 バスで七条から岡崎へ。京都市美術館の企画展『花から花へ』へ。地味な展覧会で、人はちらほらだったが、これは癒されました。癒されればいいというものではないが。江戸期の京派から近代の京都画壇、現代にいたる流れの中で描かれてきた花々を、収蔵品から展示するというもの。
 さきのハプスブルグ家は、どこに行っても人や人の形をした神様がいたのだが、こっちは人がいない。客も少ないが、絵の中でも花と鳥せいぜい鹿あたりがいばっていて、人の姿は近代の一部の作品に現れるだけであった。花を描くというのはどういうことなのだろう。木を植えて場所をつくる造園が、もともとの私の専門だった(ずいぶん離れてしまったけれど)せいもあって、植物+αだけで画面をつくっていくやりかたに、新しい興味をそそられた。花がすごく描きたい。花というものをよく見たい気がした。

 日本人は自然と一体になって生きていたというようなことが言われるのを聞く。西洋人は自然と人間を対立的に捉えていて云々ということと、対比的にそう語られることが多いような気がする。たぶんそうなのだろうとは思う。雰囲気的に。でも、田園を食いつぶしてコンクリートで埋め尽くしてきた日本人が、本当に自然と一体の民族であるのかどうか、僕にはよくわからない。親しいが故の苛烈さというのがあったのかな。西洋人だって、「おお、プラテーロ」なんて、他の生き物に細やかな愛情を示すことだってあるわけで、あんまり簡単にそんなことを言ってはいけない、という気もしている。
 ただ確かに思われるのは、日本人というか東洋人は、人なし、草鳥虫獣だけの世界というのを描くことができるということ。雉の夫婦を描いても、なるほどというものになってしまう。それに対して、西洋人は人のいない、生き物だけの世界というのは構想できないのではないか。『ハプスブルグ家展』にも、樹木と鳥たちだけの絵があったが、それはどうにも珍妙なものであった。西洋人も生き物を深く愛したりするけれど、人がいなくても自ずから然るような「自然」というものは、イメージできないのかもしれないな、と思った。これもまあ、リッチーに似てるなあ、というのと同じような感想なのだと思う。

 市美術館のもう一方の翼では、なんだかどばたたと作業をしている。明日から京都市立芸術大学の展覧会なのだ。また明日も来てみようと思った。
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by kotoba1e | 2010-02-10 00:52 | 日々のあれこれ

言鳴

詩人の窪ワタルさんより、京町家朗読会「言鳴」のご案内をいただいた。この朗読会については、出演してきたこともあり、何度もレポートさせていただいているところだ。
今回は天若湖アートプロジェクトの報告会と重なり参加できないのが残念。
その日時場所その他概要について、無断で転載させていただき、みなさんにご案内する。
これを読むだけでも、ある程度この朗読会の雰囲気を判っていただけるのではないかと思う。




こんにちは。
寒い日が続いていますが、御元気でお過ごしでしょうか?
ご無沙汰しております。

さて、この度、久々に朗読会を再開する運びとなりましたので
、ご案内をさせて戴きたく、御連絡致しました。
御多忙のこととは存じますが、万障繰り合わせの上、御越し戴
けましたら幸いと存じます。


京町家朗読会・言鳴-ことなり-

【次回開催日時】
2010年3月6日(土)
【開場】18:30【開演】19:00
第一部:オープンマイク
第二部:ゲストによる朗読

ゲスト:白糸雅樹

【会場】古書と茶房ことばのはおと
京都府京都市上京区油小路通り下長者町下ル大黒屋町34
*お店のURL
http://www.kotobanohaoto.net/
*お店の関連コミュhttp://mixi.jp/view_community.pl?id=159318


【料金】
一般来場の方:1ドリンクオーダー&チップ
出演者   :出演費として別途500円が必要です

*なお、お店には駐車場がありません。地下鉄、市バスなどでお越し下さい
(お車、バイク、自転車でお越しの方は周辺の有料駐車場をご利用下さい)

【出演を希望される皆さんへ】

はじめに

当朗読会は、詩作、朗読の経験実績等は一切問いません。
事前にお申し込み戴ければ、先着順で、何方でも朗読して戴けます。

ただし、詩作と朗読に対し、真摯に取り組む姿勢のある詩人、朗読者、表現者にのみ門戸を開いておりますことを先ず御理解下さいますよう御願い致します。

また、出演を承諾致しました時点で、当方スタッフと共に、当会の成功に向けて御力添え戴けるものと判断させて戴きます。

*以下の【出演者の御約束】を必ず御熟読戴き、応募方法に従って、エントリー願います。


【出演者の御約束】

①当朗読会は、自由詩、定型詩、歌詞等、詩であればどのような作品でも朗読して頂けます。
自作は勿論、人様の作品も朗読して頂けます。

自作でない場合、著作権法上の使用許諾手続きは、全て御自身の責任で行って下さい。
万一、著作権者とのトラブル等が発生しても当方は一切責任を負いませんので予め御了承下さい。

②当会は、詩と声のみによる朗読に拘っております。マイク等の拡声器類、楽器等の鳴り物類、CD等の音源、その他、道具の御使用は御遠慮下さい。
*テキスト、譜面台は御持ち戴けます。

③持ち時間は御一組10分程度とさせて頂きます。
当日は、十分なリハーサル時間を確保出来ませんので、予め時間内に収まるように御準備下さいますよう御願い致します。

【定員とお申し込み期間】

①定員は6組と致します。

②エントリー方法、受付期間、宛先は下記のとおりです。

a)受付期間
2010年2月20日0時~3月2日0時まで

b)受付先
robo_wataru@yahoo.co.jp

c)エントリー時の必須事項

①メールタイトルに「言鳴エントリー」と記して下さい。

②御名前と性別

*筆名、ステージネームのみで構いません。

*グループでエントリーさせる方は、代表者の方の御名前と性別及び、グループの人数を記して下さい

③本番当日連絡可能な電話番号、又はメールアドレス

d)エントリーメール受付から本番当日までの流れ

①エントリーは先着順です。当方がメールを確認しましたら、タイトルに「言鳴エントリー承諾」と記して返信致します。当日の集合時間、その他必要時の連絡方法等を御知らせ致しますので、必ず御確認戴きますよう御願い致します。

②本番当日、出演者受付にて、出演費として、別途500円を頂戴しますので、御用意下さい。

*なお、お知り合い、御友人、御家族様等、御誘い合わせてお越し下さいますと、御連れ様御一人につき、御礼として300円を御戻ししていますので、御協力戴けますと幸いに存じます。


京町家朗読会・言鳴-ことなり-
窪ワタル



このブログにも、「言鳴」関係のエントリがだいぶあるはずなのだが、検索してもこのくらいしかひっかからなかった。
このごろ
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by kotoba1e | 2010-02-09 22:55 | ことばと表現

まくらおくりなど

 先週はハードだった。3時半まで飲んだのが一晩あったほかは、すべて23時くらいまでの会議だったり、それがまた遠方だったりというのが続いた。土日も結構緊張する出番が続いたので、今日は久しぶりの休みであった。宿題はあったけれど、あえて何もしなかった。
 ずいぶん歩いた。智積院まで行って、等伯を見た。帰宅してからは三線の新しいフレーズ(デルタブルース風)を見つけて、そのあと、子どもと「まくらおくり」という遊びを発明した。
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by kotoba1e | 2010-02-09 00:40 | 日々のあれこれ

詩はどこへ行ったのか

昨年11月、朝日新聞に掲載された谷川俊太郎のインタビュー

http://www.scribd.com/doc/23116251/%E8%A9%A9%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%B8%E8%A1%8C%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B

印象的なことば

「詩情は探すものではなくて、突然、襲われるようなものだと思うんです」

「ぼくは、美しい日本語を、そこに、一個の物のように存在させることを目指しているんですけど」

「散文は、その社会内存在の範囲内で機能するのに対し、詩は、宇宙内存在としてのあり方に触れようとする。言語に被われる以前の存在そのものをとらえようとするんです。秩序を守ろうと働く散文と違い、詩はことばを使っているのに、ことばを超えた混沌にかかわる」

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by kotoba1e | 2010-02-02 17:46 | ことばと表現