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アサヒ・アート・フェスティバル2009 八つ目鰻 卒業制作展

■2月21日(土)・22日(日)
 東京浅草のアサヒ・アートスクエアで開催された、AAFアサヒ・アート・フェスティバル)2009ネットワーク会議に出席してきた。大山崎のトクマルさん、淡路島のタクボさん、近江八幡のフジタさんなど、見知った顔もちらほら。
 さまざまな地域で、その場所ならではのアートプロジェクトに取り組んでいる、いろんな人たちと出会った。そしてそれぞれの地域の課題と魅力、そこでアートができることについて、いろいろな話ができた。いろんなタイプのプロジェクトがあり、多くの刺激を受け取ることができた。
 甑島、コザ、八戸、竹田、渡良瀬渓谷・・・日本中のいろんなプロジェクトに参加したくなった。
 こういう場を与えてくれたAAFに感謝である。
 21日のミーティング後の交流会二次会で、偶発的にホーメイと口琴を披露。さっそく某アートプロジェクトからお誘いいただいた。いろんな縁がつながっていく。
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 私はもともと東京出身で、浅草には父方母方ともに墓があるため、子供の頃からよく行っていた。ふるさとのようなものであり、懐かしかったので少し歩き回った。子ども時代には行ったことのなかったような路地にも入り込んだ。道にテーブルを出してどぶろくを飲んでいるおじさんがいて心惹かれたが、そこで沈没してしまうのもつまらないので、もう少しあるいた。浅草寺の境内で、牛タンの串焼きを食べたら塩辛かった。カルビは美味しかった。
 その後、子どもの頃から気になっていた「八つ目鰻」の店へ行ってみた。行かずにいるうちになくなってしまったりすると、後で激しく後悔しそうな気がしたからである。
 ご存知のように、八つ目鰻は普通の魚類ではない。顎が発達していない円口類という奴で、大変原始的な脊椎動物である。この店の他に食用として供しているところを見たことがない。であるから、この店は大変に特殊な店なのだと思われた。
 店頭でおじさんが焼いているので、「一人前お願いします」というと、なんだか不機嫌そうに「入って」と言われた。入る気はなかったのだがそういわれてしまえば仕方がない。入ってみると何か食べるという感じの店ではなかった。小さめのテーブルは昔風の喫茶店のようでもあるが、壁のいたるところに、難しい漢字の名前のついた漢方薬の効能書きやポスターが貼ってあるのだった。普通の喫茶店ならメニューが差してあるようなところにも、不思議な文字がならんでいるのだった。テーブルの横には、エリマキトカゲやスッポンなどが漬け込まれた酒瓶が並んでいるのだった。赤く塗られた壁面も、浅草的とも中華的とも言える不可思議な雰囲気を醸し出していた。極めつけは、店内にガラス張りの調剤室があることで、ここはクスリ屋でもあることが知られるのであった。
 八つ目は、短い串4本に刺されてでてきた。タレは鰻のそれとよく似ていて旨いものだった。肝心の肉は、決して噛みちぎりにくくはないものの、噛む力にいい塩梅に抵抗するぷりぷりとした歯ごたえがあって、やはり普通の魚とは随分違うものを感じた。店内にあった雑誌紹介記事には、「むしろ焼鳥のよう」とあったが、言われてみればそんな感じもした。少ないようだがやたら満足感があって、結局その日は新幹線内でも夕食を取らずに過ごしてしまった。
 なんだか強そうなものを食べたので、翌日は壮健であったかといえばさにあらず。朝っぱらから疲れていた。布団から出るのも億劫に思われた。八つ目は精力剤ではなく、眼病の薬なのだそうだ。ビタミンAが売り物のようである。
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■2月23日(月)・24日(火)
 東京からとんぼ返りするなり、京都市美術館での卒業制作展の搬入作業である。順調に進んだが、2日とも一日中の立ち仕事。先週金曜からのワークショプ続きでまったく疲れが抜けていないところで、ひどくへばってしまった。
 24日(火)は、設営のあと、天若湖アートプロジェクト本の打ち合わせ。印刷工程を考慮して、効率のよいカラーページの入れ方について議論した。全体の編成にも関わるので議論百出。だんだん頭のなかが白くなっていった。やはり疲れているのだろう。だが。この日はみんなそうだったようだった。一つ賢くなったので、よしとする。
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by kotoba1e | 2009-02-25 01:00 | まち・地域・場所

大原交流展

■2月20日(金)
 午前中はテストの採点3件。レポートの添削に手をつけるも進まず。
 3:30から大原中学校で「梅林公園計画」のワークショップに、3回生6名と参加。地元グループによって整備された新しい梅林の、将来計画について地元の方々と学生が交流の中で意見を出し合うというもの。ファシリテータ氏に急なご不幸があり、その役を買って出たのが、うまくできたかどうか。
 6:30からは、学生たちによる景観計画案のプレゼンテーション。ちゃんと地元の方に聞いていただき、意見を返していただくのは、大変勉強になることだ。また、学生の見解が少しでも実際のまちづくりに役立てば、これに勝喜びはないというもの。貴重なご意見をいただいて、終わってみれば8:30。5時間にわたってワークショップをやっていたことになる。家の遠い学生を駅まで送り届け、帰宅したら疲れがどっと出た。午前中あまり働かなかったのは正解だったと思える。
 明日明後日はアサヒアートフェスティバルのミーティングで東京である。
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by kotoba1e | 2009-02-20 22:40 | まち・地域・場所

呆然とした一日

■2月19日(木)
 午後、明日の大原での発表会に向けての会合を行った以外は呆然と過ごしてしまった。なんとなくモニターを覗いていただけの時間がどれだけあったことか。こなさなくてはならないものがかなりあったのだが、理由もなく手を着けられなかったのは、どうしてか。来週半ばまでのスケジュールを思い、青くなる。
 夜は、先日買ってきた「KORG NANO KEY」をMacbookにつないで子どもと遊んでしまった。昔だったら十数万円のシンセサイザー(キーボードコントローラ付きMIDI音源)と、高性能のコンピュータ、高価なシーケンスソフトがなければできなかったようなことが、おまけでついてくるソフトと、五千円もしないおもちゃのようなキーボードで実現してしまうのだからびっくりである。しかも、当時は夢のまた夢だったハードディスク・レコーディングがごくあたりまえにできてしまっているのだからなんというか・・・。(ホーメイや口琴の録音にも、これらの低廉な録音機材が役立っていることは言うまでもない)
 子どもとパソコンを覗いていて、iTunesStoreにも行った。フィンガー5「フィンガー王国」にも収録されていた、「(I'm Not Your) Steppin' Stone」を調べたのである。オリジナルは Paul Revere & the Raiders。いろんな人がやっている名曲であることが判った。まず基本編のMonkeys、がちゃがちゃ感のあるワイルドな演奏で悪くない。これは米Monkeysのモデルとなった英Beatlesにもできない演奏だろう。他に目立ったのは、Johnny Thundersと、Sex Pistols。パンク派の演奏はへろへろである。しかし、こういう人たちが取り上げる楽曲を、フィンガー5の子どもたちがやっていたわけだが、楽曲の出来という点では、これらをはるかに凌駕していると思った。R&B的解釈でスマート且つ力感たっぷりに仕上がっている。おそるべしフィンガー5。
 
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by kotoba1e | 2009-02-19 23:33 | 日々のあれこれ

フィンガー王国のどぶろく

■2月16日(月)
 午後、Tさんと村の鳥瞰図の着彩と強調点について打ち合わせ。よい写真のない集落については、地図と各家屋の図面、その他風景画等を照合して鳥瞰図を組み立てていく。結構大変な作業だ。風景を読み込むという仕事。いいものができそうである。

 前日のカラオケで家族ではまってしまったフィンガー5であるが、早速iTunes Storeで、ベスト盤「フィンガー王国」をダウンロードした。
 素晴らしい。これまで持っていた70年代歌謡曲のイメージが、僕の中で完全に変わった。曲(「個人授業」「6700」は完璧なポップチューンだと思う)も演奏も完璧といってよいが、やはり5兄弟の素材としての素晴らしさがあっての奇跡だと思った。声変わり前のアキラの声の伸び、日本人離れしたフレージングは驚異だ。
 彼らをサポートしていた音楽家陣も相当楽しんだろうと思う。歌謡曲的な湿り気や媚がまったくない、真っ直ぐな曲。シンプルながら厚みのあるアレンジ。ファンキーなリズム・・・。シンセサイザーがほとんど入っていないところも、これらの曲がまったく古びない理由の一つかもしれない。一方で、「個人授業」のイントロの、フェイザーか何かがかかったベースの音は、ほとんどディジュリドゥかと聴き紛う倍音のうねりを含んでいて、驚かされた。どの辺からこういう工夫を持ってきたのだろう。
 ほぼ同時期に活動していたジャクソン5を意識してだろう、もろモータウンという曲も多い。ひさしぶりにその辺を集中的に聴いてみたい気持ちになった。

 フィンガー5を聴きながら、月の桂「にごり酒」をいただいた。どろりと甘い、デッドな濁酒ではなく、生まれたてのさわやか系である。炭酸を多く含むので、瓶を開けるのには手間がかかるが、それも楽しみのうちか。
 結局4合瓶を空けてしまい、家族からは不興を買ったようだった。


■2月17日(火)
 昼、Nさんと京都嵯峨芸術大学へ。2009年度の天若湖アートプロジェクトについて打ち合わせてきた。桂川の幅広い大学に、表現機会として参加してもらえたらということである。
 午後は研究室の会議。メールボックスの入っていた大量の添削レポートを見て卒倒しそうになる。
 夜、天若本のこと、事務所引っ越しのこと、大原のこと、その他でまぜまぜのさとうさんと打ち合わせ。
 朝から晩まで、ときどき唐突に雪が降る寒い一日であった。コンビニで甘い濁酒を買って、自転車を引きながら、ひとり歩き酒をして帰った。
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by kotoba1e | 2009-02-18 10:32 | 日々のあれこれ

里の思い出

■2月14日(土)
 天若湖アートプロジェクト本の取材で、NPO法人アート・プランまぜまぜのさとうさん、昨年Yさんから幻の歌を取材したナカツカさんに同行。
 Yさんはダム建設で水没した集落のリーダー格だった方で、昔の村の思い出と今についてお話いただいた。20年たった今、移転地に新しいコミュニティが育ち、新しい村になったというお話が印象的だった。Yさんにとっての、「村」(自然との共生、循環、コミュニティ)がこのインタビューの核になるだろう。
 暖かい一日で、里ににも春が訪れつつあるのが感じられた。

■2月15日(日)
 子どもが大原に基地をつくるというので、運転係で同行。ついでに、大原道念音頭の伝承のための資料作りを考えているUさんに、企画書を書いて相談に行った。
 集落に伝わる盆踊り歌。それはもちろん尊重しないといけないが、歌詞に歌い込まれている名所が、大原と関わりない京都の一般的名所だったりすることに難しさを感じる。大原の魅力発見とその歌い込みによる、新しい音頭ができたらという話。
 夜は家族で珍しくカラオケへ行った。乗り気でなかった長男がフィンガー5でやたら盛り上がっていた。「個人授業」は完璧な楽曲だと思った。和田アキ子とか、こういうソウル歌謡はどこにいってしまったのだろうか。
 地域アートプロジェクトについて調べていて、別府で開催される「混浴温泉世界」に、インリン・オブ・ジョイトイが参加しているのを見つけてびっくりした。
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by kotoba1e | 2009-02-16 11:16 | まち・地域・場所

今日一日

■2月13日(金)
 朝一番で大学のロビーで、天若湖アートプロジェクト本の打ち合わせ。いろんな原稿が集まってきているのでその確認が主な内容。アラカワくんが描いて来た流域のなかまたちの似顔絵は予想以上の出来で、頼んで良かったと思った。ここにきてのページ編成の抜本的組み替えがあった。ぐっと見やすい構成になったと思う。カラーページの配置もほぼ固まってきた。プロセスは佳境に入った感じだ。
 昼からは、集まってくれた3回生たちと、20日の大原交流展の準備作業。各自の作品リライトの進捗状況と全員の共同作業の確認をした。
 その後、東大路丸太町の「ギャラリー恵風」へ。天若湖のプロジェクトに1年生の時から関わってくれている、谷内春子さんと高橋みはるさんの日本画二人展。若い人が一生懸命ものを見て、描いているのを頼もしく思った。アートプロジェクトの場とは違う、じっくりした時間を感じた。僕も日本画を描きたくなった。
 それから一旦帰宅して、17:30締切の資料を唐突に思いだした。すでに15分ほど過ぎていたが、大急ぎで作って、メールで提出。postmasterから何か届いていたが、よくわからない。
 その後、超人的なムックリ奏者である長根あきさんと合流。先日のライブで薦めていただいたケルト音楽のCDと、「北海道の百人一首」をお借りした。倍音の話、ことばの話、昔ばなしをもっているかどうかといった話、直接あれこれお話しするのは初めてだが、とてもそうとは思えない感じで話が弾む。そうこうするうちに、朗読会「言鳴」常連の詩人、岡室三千代さんと遭遇。「言鳴」のことなど、三人で話し込むうち、それぞれの間の共通の知り合いの名が次々に挙ってきてびっくりする。つねづね感じていたのだが、京都は狭いなあ、と改めて思う。
 盆地的な人間関係の輪というものについて考える。芳賀徹「與謝蕪村の小さな世界」を読むと、路地奥の小世界に籠った蕪村の姿が浮かび上がってくるが、これは彼の社交性と矛盾するものではないということがなんとなくわかってくる。盆地の社交の佳き「ちいささ」というものがあるようなのだ。そしてこれは今も京都盆地に息づいているように思われた。
 帰って荷を広げると、子どもたちは木札に変体仮名で書かれた歌を見て、目を白黒させていた。でも結構読みこなすので驚いた。
 明日は日吉に取材行である。
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by kotoba1e | 2009-02-14 01:36 | 日々のあれこれ

馬頭琴その他

■2月10日(火)
 午前中は子どもの学校関係のあれやこれやで四条烏丸の銀行まで出向いていろいろ。ジュンク堂書店で、子どもに頼まれていた本その他数冊を購入。
 夕方から会議。

■2月11日(水)
 今日は休日である。午前中は、家族で電器屋へ行った。洗濯機を品定めである。3万円台から20万円台まであってあたまがくらくらした。10年間働いてくれた洗濯機がうまく動かなくなって、メーカーのサポートに見てもらったら、「マザーボード」の故障だという。交換が必要だがもう製造していないので、買い替えた方が、という話である。どこか解せないものを感じつつも、同等品(3万円台)を物色したのであった。だいたいの方針を得、一段落。
 昼、近くの自転車店の前で、大原のUさんと待ち合せ。「大原道念音頭」の年代物のカセットテープをお借りする。これを譜面化し、踊りのイラストマニュアルを制作して、地元での子どもへの伝承に役立つものを作ってほしい、というのが今回の依頼である。盆踊りの導入も含めて3曲、道念音頭も集落毎にあり(メロディーは一緒)、どれだけを資料化するのか。最終成果はどのようにまとめるか(パンフレット化、報告書etc・・・)、盆踊りそのものをどうするのか(近年のPAシステムの排除云々)など課題は多いが、作業チームについてはなんとなくイメージできた。
 まずは、デジタルデータ化してCDーRにするところから始める。
 夕方から、堺町画廊でホーミーと馬頭琴の名手、岡林立哉さんのライブを聴きにいく。冷える京町家でモンゴルのスープをいただきながら鑑賞するというのも乙なもの。会場では、大阪のホーミーバーの常連の美人ワダコさん、エレキ馬頭琴等の制作も手がけられるオカポンさんなどと再会。岡林さんのライブは今回で3回目。いつもながらホーミーの堂々とした音量に驚く。アイルランド民謡や日本のフォーク(山之口貘/高田渡「生活の柄」など)も交えた柔軟な選曲。どの曲も馬頭琴がよく歌っていた。日本の楽器ではないのに独特の郷愁を感じさせるのは不思議だ。この楽器の装飾音も含めた歌い方が、日本のそれとよく似ているということなのだろうか。オルティンドーも馬子唄のようだし。
 お客さんは、地味な感じの大人の女性が過半を占めていたように思う。みんな演奏に耳を傾けていて身動き一つしない。同じ中央アジア倍音系ながら、先日の宇宙人おーちゃんのライブにいたような、煙のなかでゆらゆらと踊り続けるような人たちとは、まったく客層が異なるところが不思議ながら面白く思った。
 終演後、岡林さんからホーミーの手ほどきをいただいた。忘れていた基本を確認できた。スグットよりも、まず濁りのない大きなダミ声を、オープンに出せること。もっと自由に声を楽しもうと思った。
 帰り道、四条河原町の交差点でほんださとるさんと遭遇。肩から小さなアコーディオンを下げている。動物園に「サル温泉」を見に行ったとのこと。某M先生の逸話で大笑いしたりした。
 この日が子どもに残念な通知が一つあったのだが、帰った頃には立ち直っていた。みんなでひさしぶりの天ぷらを食べて、一日は終わり。なのになぜか夜更かし。

■2月12日(木)
 朝から亀岡市文化資料館へ。早朝の京都盆地は晴れていたが、老坂峠を越えると同時に濃霧。白い液体のなかを走っているような感じになった。亀岡盆地は別世界だと思った。
 文化資料館では、筏復活プロジェクトの記録映像を見せていただいた。併せて保津川下りの船頭さんで、京都大学東南アジア研究所の研究員でもある河原林さんに、天若湖アートプロジェクト本の原稿執筆のお願いをした。その後、地元NPO「プロジェクト保津川」の助成金ヒアリングに流れ的に同席。大変勉強になった。お昼になると、亀岡も暖かく晴れてきた。空気は湿気を含んでいて山々は柔らかく霞んでいる。うららかな盆地の春がやってくる。
 行き帰りの車内では一貫してホーメイの練習。脳みそがぐわんぐわんになる。
 午後は京都に戻り、レポートの採点をし、日吉地域の史資料を学内で漁った。屋上から桜色の夕焼けを見ながら、またダミ声の練習をした。「声を遠くに放る気持ちで」という岡林さんの言葉を反芻する。霞む西山の山並みの向うの盆地に、ダミ声を流し込んでいく。
 その後暗くなってから、山猫先生と暖かくなってきた一乗寺で歩き酒をした。帰宅してから「大原道念音頭」のデジタル化を一旦完了させたころ、酒がまわってきて、そのまますとんと眠った。
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by kotoba1e | 2009-02-13 09:15 | 喉歌入門記

長根あきさんライブ 国際口琴フェスティバル「花」

■2月7日(土)
 午後から修士課程の学位論文の口頭試問に2件参加。造園空間についての地道な研究に好感を持った。夜はトレードマーク京都(別イベントがあり入れなかった)の近所の喫茶店にて、イラストが得意なアラカワ君を呼び出して、天若本のチーム紹介ページについての打ち合わせ。愉快な似顔絵大会になった。
 長男は今日から名古屋ツアー。

■2月8日(日)
 今日は原稿を書くぞと思ったが、朝から身体が重い。妻のパワーポイントを手伝ったりしながらどんよりと過ごす。
 17:00より、長根あきさんのライブ、というかかるた会というか・・・に参加しに、次男を連れてYugueへ。みんなで和歌を唱和したり、木製の百人一首をしたりと、普通のライブの定型に収まらない、ふしぎな会であった。子どもも存分に楽しんだ様子。
 ここで、この3月にまたもや「国際口琴フェスティバル」が開催されるときいてびっくり。サイトを調べてみると、去年11月の「第1回国際口琴フェスティバル in 東京」は第1部「月」と銘打たれていて、今回は同じ「第1回」の「第2部:花」なのだそう。東京音楽大学の公開講座として開催され、研究発表も多くなるようだ。
詳細はこちら
http://www.koukin.jp/ikft1flower/ikft1f-index.html

■2月9日(月)
 天若湖に沈んでいる集落の鳥瞰図を、日本画を学ぶTさんにお願いしていたのだが、その下書きが上がってきた。なかなかの出来。
 その後本屋をぶらぶらしていると、ほんださとるさんに遭遇。ではお茶でも、ということで「遠めのマクド」へ。マクドナルドの店員たちの、妙に力強い標語が書かれた制服に違和感を感じた。
ほんださんが撮影した宇宙人おーちゃんの動画など見つつ、あれこれ。ちなみに、カメラのとなりで私もホーメイに興じていたので、結構声が入っていたりする。
 ここ数日、夕食を2回取っているような感じの日が続いている。酒を飲まずに就寝。
 時間はあったのに文章は進まず。反省。
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by kotoba1e | 2009-02-10 10:02 | 喉歌入門記

この2日

■2月5日(木)
 朝から入試の採点と判定の会議。18歳人口の減少を実感する。まちづくりの仕事の意義と面白さを、大学を志望する若い人たちに伝える努力を怠ってはならないと強く思う。幼児には線路をひいたり建物を並べたりといった「まちづくりあそび」の時間があるが、小中高校とそういう機会は奪われてしまう。その一部が大学に入ってからその続きをやっているのだが、「(うつくしい)まちをつくる」楽しみを、中断なく継続できていたら、おそらく日本人の環境美への関心はもっと深くいきわたるだろうし、こうした学問を志す若人も増えると思う。学校がやってくれないのであれば、大学人が乗り出して行くほかないのかもしれない。
 引き続き昼から夕方まで会議。くたくたになる。
 暗くなりかけたころに東山連峰を駆け下り、町家の並ぶ盆地に分け入って、「トレードマーク京都」へ。天若湖アートプロジェクトの本づくり会議に参加する。このところ受け持ちの作業を進められておらず、申し訳ない気持ち。それでも、各方面から原稿が集まりつつあって、少しずつでも進んでいる実感が得られた。気がつくともう11時である。
 トレードマーク京都を出ると、小雨がぱらつきはじめていた。編集本部として入ってくれているキョートット出版の小川恭平さんと自転車で左京区方面へ向かうが、途中でザセツ(?)。小川さんの提案で、某ホテルの奥深くで、毎週木曜だけ開かれるという「OKA BAR」に入る。不思議な場所だった。カウンター内のお兄さんから、「藤井貞和の朗読会に来られてましたよね?」と声を掛けられたり、京町家朗読会「言鳴」にエントリーするという女性客がいたりして、来るべくしてきたのかな、という感じもした。恭平さんは、「京大俳句」誌の再興活動にも関わっているということだった。新興俳句をめぐるさまざまな伝説は聞いたことがあるので、興味を感じた。最近句会で出た句を見せてもらった。恭平さんの句が素晴らしいと思ったので紹介しておく。
冬の雲傘に感じるやわらかさ    恭平

「OKA BAR」は12時閉店。2杯いただいていい気分になった。ホテルを出ると雨もやんでいた。家に帰ると12時半だった。

■2月6日(金)
 昼から卒業制作審査会で不合格となった作品の再審査があった。いろいろであったが、我がゼミのゲンちゃんは、立派に仕上げてきた。決して恥ずかしくない作品だと思う。お疲れさま。今日はぐっすり寝て下さい。週が明けたら打ち上げをしよう。
 その後、3回生の「大原交流展」について確認会議。20日に大原で、学生達の景観デザインの提案を、地域の方々に見ていただく展覧会をするのだが、その準備である。
 夕方からは、白河総合支援学校のエデュトーププロジェクト会議に出席。日吉胡麻の橋本先生が、キノコを使った面白いプロジェクトを考えているようす。興味津々である。プールのコンバージョンの続きについては、次回の検討事項となった。京都大学の木下先生が参加されて、池の部分の改修について、一定の方向性が出てきたのも大きな進歩である。
 昼間は暖かかったのに、夜になったら急に寒くなった。白河メンバーのさとうひさゑさん、木山正一さんと、京大時計台そばのレストランに入り、天若湖アートプロジェクト本の打ち合わせ。2007年の企画についての想いやこぼれ話を、交換した。いろいろなことが思いだされた。いい記事ができそうだ。
 家に帰ると、妻と子どもがテレビで放映されていた時代映画「隠し剣 鬼の爪」を見ていたので見てしまう。
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by kotoba1e | 2009-02-07 01:34 | 日々のあれこれ

もうすぐ春

■2月4日(火)
 今日は普段できなかった事務をいろいろ。
 それが一段落してから大阪心斎橋へ行った。Macbookの修理のためにアップルストアに行ったのだ。
 が、到着するや否や、フロア係のお姉さんが言うには、
「今日はもう予約がいっぱいでお受けできません。」
 こっちは時間と金をかけて京都から出てきているのであるから、再度の持ち込みになるにせよ、せめてパームレストの亀裂の修理は対面修理で一日できるのか、預かりになるのかくらいは聞かせてもらわないと帰れないというと、
「有償修理で1週間から10日くらいになります。」という。それでまた出直せという。
 少しびっくりしていると、ジーニアス・バーのお兄さんが調べてくれて、
「この機種なら無償で修理できます。」
「キャンセル待ちということでお待ちいただければ、本日お受けできます。」
ということで、全然違うのであった。
 結局近所でドテ焼きと熱燗をいただいているうちに、うちのよれよれMacbookは、ほぼ新品同様になって手元に帰ってきたのであった。HIDEさん、ありがとう。
 かつて、パソコンの進歩が早く、2年も経つと時代遅れになってしまって、矢継ぎ早に買い替えなくてなならない時代があった。それが一定の性能的飽和に至ったのだろう。3年くらい経ったコンピュータでも、特段問題なく使い続けられるようになってきた。これはユーザーにとっては嬉しいことだが、メーカーにとっては買い替え需要が伸びない訳だから困ったことなのかもしれない。うちのMacbookも、今回の修理で随分若返った。モニターのちらつき以外の難点はほぼ解消されたので、ここからさらに3年はメインマシンとして使えそうだ。
 とはいうものの、アルミニウム塊削り出しの新型Macbookを触ってみると、ほとんど陶然としてしまう。その剛性感、エッジの仕上げの美しさ、ガラス製トラックパッドの滑らかな動き・・・。ずっと見て触っていたい、いっそのこと所有してしまいたいという気持ちにさせる。徹底的に禁欲的なデザインでありながら、同時に官能的な欲望を惹起するのだからたちが悪い。アップルはこの手のものづくりが本当に上手いと思う。そういえばはじめてiPodを買い求めてパッケージを開けたときも激しく感動したのを覚えている。iPod以降、金属やプラスチックという素材の本質的な魅力を、これまでなかった使い方で現前させているように思う。新型Macbook、欲しい。触りたい。
 まあ、物凄く欲しいという気持ちを楽しんで、結局はあきらめる、というのが得意技なので、今回もそうなるだろう。時間をかけて欲情を飼いならし萎えさせる楽しみである。

 大阪に向かう午後の京阪電車の車窓からの風景は、どこかあかるく霞んでいて、春が近いことを感じさせた。その時読んでいたのが、先日山猫先生から教えていただいた、芳賀徹「與謝蕪村の小さな世界」(中公文庫)である。まだ第1章を読み終えたところであるが、蕪村の世界を芳賀先生と覗き込んでいるような気持ちになるというか、その世界の匂いが行間から濃厚に立ち上ってくるような、そういう文章で思わず引き込まれる。少し暖かく思われた今日の空気が、田沼時代の京の路地の奥の小世界の春のけだるさを、より近く感じさせたのかもしれない。
 読み進めていくのが楽しみ。ひさしぶりに読書の楽しみを感じている。

 家に帰ると、マンサクの花が咲いたとの知らせが夕刊に報じられていた。出町の交差点のロウバイも咲いたかもしれない。今度の休みに見に行こうと思う。初春の黄色い花たち。
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by kotoba1e | 2009-02-05 00:59 | 日々のあれこれ