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椎原保展〜いろいろ

■11月25日(火)
 午前中、旧明倫小学校現京都芸術センターへ。何年も前から黒田村で合流したり大枝のアートプロジェクトでニアミスになったりしている椎原保さんの展覧会に行ったのである。
 3つの部屋で、それぞれ異なるインスタレーションがなされていた。
 本館の南ギャラリーでは、部屋中に誰だか判らないがある子ども縁の品と思われる小さな品々が、真っ白な部屋の中で、目の高さに浮遊していた。それぞれ間を人が行き交える幅を保ちつつ、ランダムに揺れている。鏡も吊るされゆっくり回っていて、時には投光器からの光を壁に返し、人形や小物の陰を創り出したり、居合わせる人の顔を移し込んだりした。
 これは確か2003年くらいに、すでに廃校になっていた黒田小学校(京北町宮、現右京区)で椎原さんが実施したのと、よく似たしつらえだった。あの時は、廃校に残されたモノを使ってのインスタレーションだった。また、学校の空間を活かしてのものだったのが、今回との違いだろうか。
 今回は、濃厚な誰かの思い出の存在を感じながらも、それは決して記名的にはならず予感に留まり続ける。そこに不思議な弾力のようなものを感じた。生々しさが溢れ出すその直前のところで時間が静止しているような、知らない人の夢に迷い込んだような感じがした。

 校庭を渡ってのワークショプ室で行われていたインスタレーションはまた全然ちがったものだった。壁面や床から金属の細い線材が飛び出し、それが交わったり屈曲したりするところに、ちょっとぎょっとするような大きさの石が載せられている。そういうものが、表情を変えながら、部屋のいろんなところから空に向かって突き出ている。
 真下から支えるとか、吊るすとかといった、普通の形で重力抗しているようには見えない。細い金属棒たちは思い思いの方向に真っ直ぐ伸び、石を支えようという意図を見せているものは一本もない。棒たちは無造作な表情だが、それを組んだ人の意志と技は繊細そのものである。この部屋は時間が止まってしまっているようだった。

 北ギャラリーは、南ギャラリーと似た印象の展示が行われていた。ただ、吊るすだけでなく、床に堂々と据えられたモノが多く、また映像も壁面に映し出されていたりして、どこか甘美で物悲しい感じのあった南ギャラリーとはだいぶ表情が異なっていた。

 誰かの記憶と重力との間を、繊細に象っていく作品のように思われた。

 その後、自転車で北上し、「民族楽器コイズミ」へ。着いてみたら閉まっていた。火曜は休館なのだそうだ。
 それから銀行に行って、先日の交通反則金(車両放置)を支払い、職場に顔を出して年末調整の書類を提出し、車に乗って府の京都土木事務所に行って、大原の河川整備の概況について話をうかがい、家に帰って次年度のフィールドワーク科目のテキストに目を通すともう夜中だった。翌日の授業の準備はできなかった。

■11月26日(水)
 午前中は、次年度の授業計画の策定に集中。「遅くなってすいません」というタイトルを付して、担当者の送付。すいませんでした。
 それから2時間かけ、大急ぎで夕方の講義の資料を整える。「環境保全論」はずいぶん長くやってきた科目だが、今年は大々的に内容を入れ替えた。ルーチンになりかけていたのを、自分自身が興味を持てる、今日的なものにしたのだった。準備は毎週大変だったが、それなりに食いついてきてくれているようだったので、とりあえず満足。
 その後、瓜生山オーバートーンアンサンブルの他の2人がバンドを組んでライブに出るというが、NPO法人森林再生支援センターの理事会に行き参加できず。理事会も早く切り上げ、明日東京に引っ越していく両親を訪ねた。もらえそうな本だけもらい、ハーモニカを父にあげた。
 明日始まる新しい授業の準備はまだできていない。明日頑張ろうと思う。
 新しい授業と、全面改良した講義、各種の事務手続きと来年の授業計画、親の引っ越しと、レポートの添削等が重なりまくって、少々パニックではある。今日は父のところで焼酎をちょっともらったが、それまで3日間一滴の飲んでいなかった。飲む時間がないのだった。
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by kotoba1e | 2008-11-27 00:25 | 日々のあれこれ

さようなら0系

 3時間だけ寝て4時に起きた。妻と子どもを叩き起こし、半前には車を出した。真っ暗である。子どもたちはちょっとした非日常の雰囲気にわくわくしているようだ。20分くらいで着いた京都駅の駐車場のパーキングメーターはまだ動いていなかった。しかたがないので車はそのまま放置して切符を買う。
 5時4分の普通列車で京都を出た。6時12分新大阪発西往きの「こだま」に乗るには、この電車に乗らないといけないのだ。
 指定は数日前の段階で満席だったから、自由席もかなりの混雑だろうと思ったが、新大阪に着いてみるとそれほどではなかった。とはいうものの、ホームの熱気はただごとではない感じだ。
 しずしずと列車が入ってくると、ホームの男たちが一斉にシャッターを切った。みんな、「0系新幹線」の最後の姿を目撃しにきているのである。
 かつてはジェット機のように見えた先端部は、今の鋭角的な新幹線車両に比べればむしろ丸顔の印象で、まんまるいヘッドライトも愛嬌がある。子どもたちも「かわいい」と声を上げていた。
 今回は子どもにほだされてやってきたのだが、この列車の姿を目にすると、やはり懐かしさを抑えられない。僕と同じ昭和39年生まれで、その後23年間この形の車両だけで頑張ってきたのである。その後100系のグランドひかりやら、鉄仮面のような300系とか、やたら尖った500系、700系といった新種が矢継ぎ早に開発され、すっかり姿を見なくなっていたが、この世に残った車両は、山陽新幹線の「こだま」の仕事をこなしていたのだ。生まれてから子ども時代、青春時代を通じて、新幹線はこの丸顔だったのだから、僕にとっての新幹線というのは、イコール0系なのである。
 乗ってみると、そこかしこに昔風の意匠が見られるが、案外今のものと変わっていない印象も受ける。窓はこの古い新幹線の方が大きくて、景色は楽しく見られるように思った。室内の調度に使われている白も、パキッとしたものではなくアイボリーがかった優しいもの。昔はこういう白が多かったような気がする。家電製品などもそういう顔付きだったように思った。
 乗っていると十分速くて快適である。まさに1分1秒を争う中で、新しい車両が開発され、旧式のものは淘汰されて行くのだが、そんなに急がなくてもいいのになあ、と思わされる。まあこの0系だって、そういうスピード開発主義の塊のようなものなのだから、その手の感傷は本来似合わないものなのだと思うが、このユルい「なごみ系」の顔立ちからは、いやでもそういうメッセージを受け取ってしまうのだった。
 
 あっと言う間に新倉敷に着いて、あとは倉敷の美観地区と大原美術館に行ってとんぼ帰りをしてきた。冷たい雨が降っていて、ひどく寒かった。それでも観光シーズンだけあって、すごい人だった(京都も凄かったのだろう)。大原美術館では良い絵を見た。これについてはまたエントリーを改めようと思う。

 14時には京都に戻っているのだからたいした強行軍である。車は駐禁を取られていた。子どもは塾へ行った・・・。きびしいなあ。

 京都では雨に降り込められながら、食卓のテーブルで原稿依頼のメールを書いたり助成金の申請書を書いたりした。週末にやっておくべき作業をまだまだいろいろ残したままウィークディに突入である。

 昨日今日はとりあえず家庭人。酒もこの2日飲んでいない。蕁麻疹も少しましなような気がする。
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by kotoba1e | 2008-11-24 23:34 | もろもろ感想

フィンガー! オープン! スライド!

 ふと思いついて部屋のストラトキャスターのチューニングを変えてみたら、全然別の楽器になった。響きがなんだか違う。スライドギターをやってみたくなって、Eのオープン・チューニングにしたのだ。本棚の奥で見つけたアーレン・ロス著『スライド・ギター』を見ながらいじってみる。「フィンガー・ピッキング」の練習曲が出てきたので、いままで敬して遠ざけてきた指弾きをおそるおそる試みてみると、これも面白い。フラット・ピックとは全然違うことができる。肉で弦に触るからこひとつひとつの音の当たりが変わってくる。右腕や指の使い方も全然違うから、リズムの感じ方も変わってしまう。初めて触る楽器のようだ。
 もうだいぶ長いつきあいになるが、改めて出会い直した感じ。なんだかうれしい。このおかげで、今日は無為な一日にならずに済んだ気がする。
 明日はボトルネック・バーを買ってこようと思う。
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by kotoba1e | 2008-11-21 00:00 | 音楽のことなど

そぞろ神

 今朝は大原の染織家Uさんが大学に見えた。地元史の研究家でもあるUさんの今日の話は、大原の伝統芸能である八朔踊りとか道念踊りと呼ばれているものを、子どもたちに伝承していくのに、何かいい工夫はないだろうか、という話。今年の天若での幻の歌発掘のこともあったし、この手の伝統的なものに興味もあるので、お引き受けすることにした。一切伴奏なしで暗い森で行われる盆踊りなのだそうだ。古老は伝統にかたくななのだという。そういう方々が不快に思うようなやり方でウケを狙うのはよくないだろう。逆に、すでに導入されてしまっているPA等を取払い、森の空間の中での響きを大事にすることで、子どもたちもむしろ反応してくれるのではないだろうか。そんな音響の仕組みから、踊りの図解まで、できることはいろいろありそうである。これもまた「地域デザイン」なのだろう。
 夕方はゼミの学生と卒業制作の打ち合わせ。みんな顔色が変わってきた。もうそういう季節なのだ。

 その他はあまり何もしなかった。締切近い書類が相当溜まっているのだけれど、どうも手を付ける気になれなかった。やったことは家のストラトをオープンEのチューニングに変えてみたことくらい。ほこりを被っていたスライドギターの教則本を引っ張り出してしばし眺めたりした。オープンチューニングのギターをドローン系の楽器として活かすというのもあるな。同様の理由で大正琴にも興味津々で、YouTubeなどで大正琴についてあれこれ調べたりもした。
 面白かったのは、森田吾郎発案の大正琴は、日本では退屈な定着の仕方をしているが、発明後割りと近い時期にインドに移入され、今では古典音楽の楽器として定着しているとのこと。YouTubeで「Indian Banjo」「Banjo Keyboard」というタイトルで見られるのは、インドのそうした楽器で、ほとんど大正琴と同じものだ。しかしやっている音楽は全然違う。こういうのを見ると欲しいと思ってしまう。


 そぞろ神がものに付いて心を狂わせているのであろうか、取るもの手につかず、靴下の破れをつづり、ギターの調律を替えたりしてしまう。心がここにない感じ。誰のところに行っているのか。十数年ぶりのこころもちである。
 「なので」と言ってしまいたい気もするが、多分そうではないのだろう。
 芭蕉に憑いたのは春だったようだし。
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by kotoba1e | 2008-11-19 00:36 | もろもろ感想

エコ商売

 よく知っている若い人が研究室を訪ねてきた。いい話があるのだという。何かと思うと、地球環境に優しい仕事をしているのだという。CO2吸収能の高い桐の品種で森作りをするのだという。森作りそのものを技術的にやっているのかというと、それは地元の林業家に委託しているのだと言う。仕事はその苗を森作りをしたい企業等に売ることなのだという。このあたりで「?」が点灯し始める。それにしては単価が高い。それに一種類の木、しかも同一クローンの個体だけで、世界中に森を作るというのは、地域生態系の破壊に繋がる話であって、とてもではないが環境に優しい森林再生とはいえない。このあたりの技術的な回答はなかった。そうこうするうちに「先輩」と称する人物が現れた。「代表取締役」とある名刺を見ると、先にきいた社名と違う。「代理店です」とのこと。なるほど。「先輩」は生態学的に間違ったことも含め、立て板に水という感じで説明を始める。こちらには口を挟ませない勢いだ。クリアファイルに入った資料を見せる。洞爺湖サミットの本に載ったとか、新聞に載ったとか、という話だが、新聞記事には新聞名も掲載月日もないのであった。その樹木の生育状況についての学術的な裏付けはあるのかと問えば、「そういう細かいことは」という。学術の場に来て勝手にまくしたてておいて、こういう言い草はふざけたものだと思った。で、結局何のために来たのかというと、どうやら現在の活躍を見てほしかったわけでも、苗を買ってほしかったわけでもなく、「一口25万円」の賛助金を支払って、仲間になって欲しい、ということのようだった。問いただせば、N君もそこで働いているというのではなく、出資して勧誘側に回ったということのようだ。
 この商売が画期的なのは、「出資を募る」という形ではなく、「任意の賛助金」を集めるというスタイルを取っていることだろう。配当も一切保証しないわけだから、どうやっても「詐欺」にはならないと踏んでいるものと見える。どうあれ、まともな商売ではないことは明らかだった。苗を売ること、森林を作ることよりも、この賛助金を集めることが、主要なビジネスになっているようだ。
 その辺が見えたところで、早々にお引き取りいただいた。よく知る若い人ががそういう仕事にぶら下がっていることには、苦々しいものが残った。

 「なんだかよさそうなことのような気がする」という素人の善意につけ込む「エコ商法」といったところなのだろう。出資して代理店側に回っている人にも、一攫千金を夢見る人と、まじめに「よいこと」と思ってやっている人とがいるのだろう。久しぶりに訪ねてきてくれたN君は後者であってほしいものだと思う。そして早く目覚めてほしいと思う。
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by kotoba1e | 2008-11-12 11:19 | 自然と景色

音の風

 天若湖についての本を作る過程で、いろんな出版物をモデルにした。みんなが持ち寄った本の中にあった「blut」誌をめくっていたら、即興演奏家大友良英氏のインタビューが載っていた。障害をもった子どもたちのグループとのワークショップについてのものであった。その記事を読んでいて、大友氏の次のような発言が目に飛び込んできた。

もうひとつ、大友が直面した壁がある。事前に別のゲストによる音楽ワークショップを見学した時のこと。子どもは鬼ごっこをしたり、皿投げをしたり、走り回るなど気ままにふるまっていた。終了後、ゲスト・ミュージシャンはミーティングで「子供たちが遊んでいる音も『音楽にきこえる』でしょう」と言った。
 「その言葉に、俺はかなりむかついたね。音楽を発見するのが聴き手だけのチカラに頼るなら、空調の音でもいいわけで、なんで知的障害者である必要があるのか。彼らを空調の音と同じ、音を出すマテリアルとして扱うってこと?だったら、知的障害児たちは音楽をやっているという自覚も歓びもないままに、聴き手が彼らの発する音を一方的に搾取するのか?」

受け手の創造力/想像力によって生み出されるものというのは確かにある。けれど、それに寄りかかってしまった時に見失われてしまうものもまた確かにある。作り手側の恣意が暑苦しくなってきたとき、僕たちは受け手側の力に気付く。それはいろんな発見に導いてくれるし、僕たちを夢中にさせもする。でもそれには落とし穴があるのだということを、この大友氏の疑問は端的かつ雄弁に語っているように思われた。作る側の献身があってはじめて可能になる表現の尊さというのが、やはりあるのだ。これは信用できそうだ。是非聴いてみたい、という気持ちが起きる。

この記事を読んでいたら、一緒に作業していたキョートット出版の小川恭平氏が、大友さんとその「音遊びの会」のライブに行ったことがあるという。そしてそれはとても素晴らしいものだったということであった。それを聞いて、「音遊びの会」の演奏を聴く機会があれば是非行きたいものだと思っていたら、何日が後たまたま行った「民族楽器コイズミ」に神戸塩屋の旧グッゲンハイム邸で行われる「塩屋音楽会」の案内チラシがあり、その中で「音遊びの会」の演奏会「音の風」が11月9日(日)に行われるということを知ったのであった。

 という訳で京都から遠く離れた塩屋まで行ってきました。メンバーはNPO法人アート・プランまぜまぜ代表のさとうひさゑさん、キョートット出版の小川恭平さん、ささきあやさん、わたくしの4名。
 「音遊びの会」の演奏は即興演奏である。メロディーとかハーモニーとか、事前に決められた構成とかそういうものはない。普通の意味でのリズムというものも、あったりなかったりする。あったりなかったりするものが、ひとりひとりが聴きあい音を出しあうなかで、形をもって浮かび上がってくるときにはぐっと引き込まれる。何かが確かに生まれているのである。そういう絶頂の瞬間が、オープニング近くにいくつもあって、それからだんだん間遠になりながらも、ゆるやかに何度も訪れてきた。弛緩して散漫になるところも多々あるのだけれど、時々際立った音や声が集まる瞬間があって、それはかけがえのないもののように思われた。今回のライブには、みんなの「叔父貴」的存在という大友氏は参加していなかったが、いたらまた異なった演奏になっていたのだろうか。それもまた聴いてみたい気がする。
 これまでにやった「音の海」、「音の城」といった演奏がCD化されている。これは受付で購入した。また、小川さんが聴きに行っていたく感動したという、昨年の京都精華大学でのライブは、大友氏の近著「MUSIC」(岩波書店)の付録DVDに収められているということである。是非聴いてみたいと思う。
 行き帰りの電車の中で、詩作のことが話題になった。さとうさんの近作と、辻征夫さんの名作を並べて、いつのまにか主体が入れ替わって行く詩について考えた。他者と自己を重ねたりずらしたりといったことが、もたらしてくれるものがあるようだ。自分自身のこれまでの詩作に欠けているものが見えたように思った。他者への想像力といったもの。
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by kotoba1e | 2008-11-11 00:35 | 音楽のことなど

近況

■11月5日(水)
 3日のライブの反省会を、北白川「VIVA LA MUSICA」で行った。ストーンズの75年のライブと、最近のキースのライブの映像が流れていて、結局そっちに眼は釘付けであった。12月7日の信楽ライブと、その準備、あとCDの作成について若干の打ち合わせをした。現在の音源だけでも、一定のボリュームはあるので、名刺代わりのCDーRであれば、すぐにでも作れそうだ。
 ドローン基調の倍音アインビエント系に加え、ロック的な展開も考えたいと思う。あと「ことば」も。

■11月7日(金)
 京都造形芸術大学附属の劇場である「春秋座」に、『コンサート ジェネシスⅢ  京都発 世界へ』を聴きに行った。キターラ等の古代の復元楽器を使う三輪眞弘の曲(委嘱作品)とシュトックハウゼンが京都で作ったという、「リヒト=歴年」1977のより、及び「自然の持続時間」2005、という内容。
 復元楽器には興味があったのだが、前日の寝不足もあってか途中で意識が飛んでしまった。
 シュトックハウゼンの「リヒト=歴年」は、よく知られる西洋楽器バージョンではなくオリジナル版の和楽器によるものということで、貴重な演奏だったのだと思う。笛と箏の音色が印象的だった。
 「自然の持続時間」はピアノの独奏で、強打のあとの余韻を中心に作られた曲だった。いくつかの部分のシメにトリルとその余韻が使われていたが、トリルのあとの響きにああいううねりが生まれるというのは知らなかった。新しい音を知ったと思った。ピアノにもまだまだ未知の部分があるようだ。

■11月8日(金)
 2年ほど京都で暮らした老父母が、近く東京に帰るという。こちらにいるうちに美山にでも行きたいというので、下の子を連れ、4人でドライブに行ってきた。美山の里山はもう半ば黄色く染まっていて、京都との気候の差を感じた。ぐずついた天気だったけれど、美しい茅葺き集落についころには薄日も差してきて、美しい茅葺きの家並みが浮かび上がるのをみることができた。

 帰途、ふしぎな雲を見た。固そうな太い指上の雲が幾本か、空に横たわっていた。

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by kotoba1e | 2008-11-10 11:02 | 日々のあれこれ

ライブ報告

 一昨日の11月3日(日)、京都市国際交流会館の野外円形ステージをお借りし、「瓜生山オーバートーン・アンサンブル」として演奏してきた。
 演奏自体は、PAシステムの中でのホーメイのモニターの難しさに泣き、エレクトリック・バンド形式でのアンサンブルにはずいぶんと課題が残った。とはいうものの、楽器なしのホーメイのデュオや、口琴三重奏などでは、おもしろい響きを創り出せたと思う。
 最後のボルバンナディル(ホーメイにおける小刻みななトリル&ビブラート奏法)を終えて目を開けたら、立ち止まって聴いてくれていたお客さんが増えていてびっくりした。ステージから降りると、対バンの人々を始め、いろんな人に声を掛けられた。聴き入ってもらえた部分もあったようで、嬉しかった。また、最前列の子どもたちがとても喜んでくれた。一緒にうーうー言ってくれたのも良かった。終演後も荒川君のジャンベと中塚さんのライアーのまわりに子どもたちが群がって離れなかった。お父さんお母さん方ともいろいろ話して、交流が深まった一日であった。
 詩人の山猫さん、オーディオの哲人テラムラさん、ナウーシニクデザインのほんださん、エレキ馬頭琴等マルチな制作活動で知られ、演奏家でもあるオカポンさん、など多くの人が聴いてくださった。最近馬頭琴を始めたほんださんと、オカポンさんは初対面だったのだが、ものすごく突っ込んだ話をされていたようだった。

 演奏前、司会の方に「ひとことで言うとどういう音楽なんですか?」と問われてかなり困った。メロディもないし、ジャンルもよくわからないし、何に似ているとも言えないので、「響きを楽しんでいただければ・・・」というようなあやふやな答弁に終始したが、だいたいそういう音楽になったのではないかと思う。
 斉藤嗣郎さんの破天荒なパフォーマンスのおかげで、僕たちは相対的に「どちらかと言えば音楽」の方に入れてもらえたようだった。ぽかんと見ている人たちにとっては「じゃいあんコンサート」のようであったという説もあったけれど(勝手にいい意味にとっていますが)。

 一部をご紹介します。
 ・口琴ソロ
 ・口琴トリオ(その1)
 ・口琴トリオ(その2)
 ・ホーメイソロ
 ・ホーメイデュオ
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by kotoba1e | 2008-11-05 00:58 | 喉歌入門記

川の全国シンポジウム in 京都

 昨年は徳島で開催された「川の全国シンポジウム」。今年は全国から注目されていた「淀川水系流域委員会」の迷走を受けて、近畿開催である。11月2日(日)〜3日(月)の2日間にわたり、京都大学の時計台記念館で執り行われる。
 もともと河川関係の活動に関わっていて、天若湖関係のパネルも出品する予定があるので、初日の今日、行ってきた。
 朝の10時から夕方の7時くらいまでみっちりのスケジュールである。明日もまた同じくらいあるわけだから、物凄い密度と時間のシンポジウムである。今日は朝から参加したが、間延びするところもなく、ずっと緊張感が維持されていたので大変なものだ。聴いている方はけっこう疲れたが。
 国土交通省との齟齬が露になった淀川水系流域委員会だが、その委員たちの証言は迫力のあるものだった。それに続く各地からの報告も熱いものだった。
 その後、山田京都府知事と、嘉田滋賀県知事の講演があった。お二人とも壇上からの語りかけの技は凄いものだと思った。職業的な技術なのであろう。特に、嘉田知事のお話はとても刺激的で示唆に富むものだった。もともと環境社会学者で、水と人々のくらしの関わり史については詳しい人であり、特に琵琶湖についてはこの人の右に出る人はいないというような人であるが、知事の立ち場にありながら、「行政のことば」を超える見識の深さが伺われる講演であった。実際の政治的な決断はまた別なのかもしれないが、こういう首長がいるというのは凄いことだと思った。

 明日は、国際交流会館でのライブ。シンポジウムには出られないが、こっちはこっちで完全燃焼だ!
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by kotoba1e | 2008-11-02 22:56 | まち・地域・場所

森林ボランティアリーダー養成講座

 京都府が主催している「平成20年度森林ボランティアリーダー養成講座」に行った。「野外活動の企画・立案について」というお題で90分間喋るのであった。企画を行うリーダーと、グループ内外とのコミュニケーションのあり方について、手前味噌ながら天若湖アートプロジェクトの例など引きつつ論じた。けっこうみなさん関心を持って聴いて下さったようだった。ありがたいことである。
 しかし、一番関心を集めたのは、最後に演奏した口琴でなのであった。
 講演会場は、丹波國の日吉ダム湖畔にある「府民の森ひよし」。朝早くに出て昼すぎには京都に戻ったが、秋の陽が注ぐ空いた京都縦貫道はとても快適だった。短時間ではあったが、この忙しい時期に期せずして秋のドライブを満喫できたのは、うれしいことである。何かのご褒美だったのかもしれない。
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by kotoba1e | 2008-11-01 23:12 | まち・地域・場所