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黒田上げ松

 28日は、山猫さんと京北黒田の上げ松に行ってきた。例年は15日にやるのだが、今年は消防団のイベントとの共同開催となって日程が変更になったとのこと。
 黒田では上げ松と言っているが、松上げという地域も多い。高さ十数メートルの丸太(灯籠木:とろぎ)の上に、葦でつくった大きな篭状の松明(篭松明:かごたいまつ)が乗る。そこに火を点けた小型の松明を投げ込んでいくのである。
 詳しくは知らないが、もともとは愛宕信仰関係の関連であるらしく、お盆とは本来関係ないそうだ。ただ送り火など火つながりの連想があるのと、お盆でみんな帰省しているのとで、15日あたりに行うところも多いらしい。
 黒田の場合、伝統的でシリアスな宗教行事として行われるわけではないらしい。上流の広河原(本格的な松上げで名高い)から移ってきた人の提案で、20年だか30年だか前に始まったとのこと。信仰ではなく、あくまでも「遊び」でならよい。という古老の一声で決まったそうだ。それは一つの見識だろう(中路正恒先生による議論)。
 「遊び」であるにせよ、篭松明に火を投げ込むのは相当の体力と集中力が要る。見ている方も緊張して見守るうちに、だんだん気持ちが一つになっていく。そして、空中高くに火が溢れ出し、それが轟音とともに引き倒される頃には、みんなかなり単純に一つの気持ちを得ているようだ。暗闇を飛び交う火の美しさもあって、これはやはり観衆を感動させずにはおかない。
 「遊び」とはいえ、というかだからこそというか、黒田の上げ松はまだまだ観光化されていない。村人自身のための祭り。村の共同体の姿が垣間見える一夜である。廃校になってしまった小学校の校庭が、この晩にはまだ地域の中心としての姿を取り戻す。
 地域の若手はみな消防団に入っているようだ。消防の仕事を超えて、地域的な価値を引き継いでいく大切な働きをしているように思われた。心強いことである。
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by kotoba1e | 2008-08-29 22:51 | まち・地域・場所

アンドレイ・モングーシュ・ライブ

 昨晩(8月22日)は子どもを連れて大阪は四ツ橋へ。「EXODUS」にて、トゥバの名ホーメイ歌手アンドレイ・モングーシュ氏(Andrei Mongush)のライブがあったのだ。サポートに同行されていた尾引浩志さんと少し話したら、「いやあ、アンドレイさんのホーメイは独特ですよ。こう内側に入ってくるというか」とのこと。実際に聴いたアンドレイさんの歌声は、金色の輝きと大地の安定を持った声で、その浸透力は凄いものであった。最初の一声で空気が変わるのがわかった。
 ホーメイの基本はダミ声であるというのはよく言われる。ダミ声というと、しわがれ声やかすれ声と勘違いする人も多いのだが、そういう乾燥した声ではなくて、とにかく倍音を多く含んだ声である。この日のモングーシュさんの声は、きらびやかな倍音のつぶつぶがしぶきとなって会場に飛び散っているようだった。豊潤な溢れ出しそうな艶をもった「ダミ声」である。かすれのようなノイズのない、純粋は金色の河のような声。
 ホーメイ/ホーミーは、「2つの声を同時に出す超絶的歌唱法」というようなことがよく言われる。実際、モンゴルではホーミーが純粋に「楽器として」アンサンブルに参加することになり、その超絶技巧が強調されることになる。一方トゥバのホーメイでは、歌と混じりあっているということがよく言われてきた。そのことがトゥバ・ホーメイ独特の強い浸透力と説得力を生じさせているのだということが、このライブではよくわかった。
 進行役の尾引さんがステージでおっしゃっていたが、「声の芸」を超えた「歌の魅力」を強く感じさせられる。「ことば」〜「こえ」〜「ひびき」〜「旋律」の間を行き交うものが確かにあって、聴衆はその存在を追うことになるのだ。そして、どこか深いところに連れて行かれる。
 素晴らしいものを聴かせていただいた。

 前座は、「はい兄弟」の!PPe!(イッペイ)さんによる口琴と、尾引さんによるイギルとホーメイであった。
 イッペイさんは用意したトラックとループマシンを駆使して口琴を活かしていた。往復打撃と、ミュートに技を感じた。11月のライブの参考にしたいと思った。
 尾引さんは、長髪をばっさりと切り落として僧侶のような風貌になっていたが、演奏はいつもどおりの素晴らしいものだった。「倍音S」の名曲「三日月のような」も、アルバムにあるような大編成のバンドによるよりも、イギルとボーカル、ホーメイだけの方が一層魅力的に響くように思われた。

 最前列のスピーカーの前に陣取ってしまったので、PAと音の強さに終始さらされることになった。ホーメイや口琴の本当の魅力は、生にある。マイクとスピーカーを通すと、その音響的・場的魅力は8割方失われるといってよい。
 今回のライブでは会場がやや大きかったので、増幅の必要性はあったと思う。しかしながら、ややPAが効き過ぎている感じがした。リバーブは仕方ないかと思うが、エコーはややしつこかったのではないか。このエフェクトは、声のはじまり/おわりが持つ、かけがえのない緊張感を奪い去ってしまう。

 京都のカフェ「Yugue」は、四畳半がステージ、六畳が客席という構成なので、マイクを使わなくても十分に声や音が届く。あの環境でモングーシュさんの声が聴けたらどんなに素晴らしかったろうと思う。もっともYugueには昨夜のお客は入りきれなかったろうと思うけれど。

 モングーシュさんのステージの終盤では、「タルバガン」の等々力政彦さんがゲストとして参加した。モングーシュ、尾引、等々力の3人が、同時にホーメイをやっているというのは、愛好家にとっては悶絶ものの超豪華な夢のステージである。3大ギタリストの競演よりも有り難いものである。
 無理を承知でギタリストと比較するが、直観的な華麗さのある尾引さんのプレイは、ベック的といって良いかもしれない。伝統への偏愛とその学究的態度という点では、等々力さんはクラプトン的とも言えるだろう。身体化された技巧と地平線を感じさせるモングーシュさんは、ジミヘン的だ。そうすると、ジミー・ペイジに相当するイノベイターがいないことになる。もっともっとうまくなったら、そのあたりの仕事をしてみたいものだと思う(汗)。

 モングーシュさんが素晴らしいのはもちろんだが、尾引さんのボルバンナディルの華麗な夢幻性も素晴らしいし、岡山守治さんのどっしりした安定感も素晴らしい。等々力さんの人を覚醒させる響きもまた、ホーメイのかけけえのない一側面なのだと思う。ホーメイは本当に人それぞれというか、その人自身の表現なのだと、強く感じさせられた一夜だった。
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by kotoba1e | 2008-08-23 23:34 | 喉歌入門記

ちいさなシンセ

 学研「大人の科学マガジン」別冊の「シンセサイザー・クロニクル」を入手。記事も素晴らしいが、おまけがなにより素晴らしい。本物のアナログ・モノフォニック・シンセサイザー「SX-150」が付いてくるのである。これが3000円台とは! シンセサイザーというと、ピコピコ電子音という印象があるが、こうした素朴な回路が鳴らす音は、思いがけず荒っぽく、そして可愛い。食肉目の小型獣という感じだ。
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 勢いで、ニンテンドーDSをシンセサイザー化するソフト、「KORG DS-10」も購入。これも凄いものだった。これは「SX-150」と違って、アナログ回路をコンピュータ上でシュミレートするというもの。シーケンサーが内蔵されていて、プログラムして自動演奏させるのが基本だが、KORG お得意の「KAOSS PAD」が付いていて、即興的にフレーズを乗せることも出来、ライブにも使えそうである。こちらは4800円で、よくできたロボットのよう。
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 この両者、性格は全く正反対といっても良いが、逆にお互いの足りないところを補うあうような関係でもある。「SX-150」はリアルタイム性が魅力。「DS-10」はプログラムして組み立てる面白さだ。この2つは同時にステージで使えるだろう。
 それにしても、全く違う方法を取りながら、ともに古典的な「アナログ・シンセサイザー」の復権を目指しているところが面白い。

 ホーメイは、口の中で波形操作を行う技術であるから、ある意味シンセサイザー的である。口琴も電気要らずのシンセサイザーのような音を出す楽器であるから、敷居は低かった。どうしてこういうものを調べているのかというと、ホーメイのソロで鳴らすドローンが欲しいのである。馬頭琴やイギルを使う人が多いのだが、そういうのができないので目を付けたのがこれなのだ。
 イギル並みのあやうい倍音をゆったりと揺らせるようなものがバックに欲しい。しかも自分で操作できるようなもの。
 11月にライブをすることになりそうだ。それまでに十分戦略を練っておこうと思う。
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by kotoba1e | 2008-08-18 01:29 | 喉歌入門記

亀とホーメイ

 昨日は子どもを連れて宝ケ池公園に行った。本当は大阪の国立民族学博物館に行く予定だったのだが、家を出るのが送れたので、「今日はもういいか、明日にしよう」ということになってしまった。そのかわりにテキトーに車に乗せてやって、テキトーにボートに乗せてやったという訳だ。
 小学生2人にボートを漕がせてのんびりすると、やることは決まっている。口からホーメイがこぼれ出すのである。だだっ広い池の真ん中だと、子供たちの恥ずかしさもそれほどではないのか、あまり制止したりしない。調子に乗って、低音をばりばりいわすカルグラを大声で始めた。
 すると、ボートの方にいっさんに近づいてくる白い影がある。鯉である。その切羽詰まった感じは尋常ではない。餌を撒いているわけでもないので、何のことか判らなかったのだが、目を上げてみると、ボートに近づいてくる波紋がいくつかあるのに気付いた。
 亀である。ゆらゆらと停まっているでもなく急いでいる訳でもないボートに向かって、鼻先だけ水面から突き上げた亀がやってきているのである。今までこういうことはなかったから、どうやらホーメイを聴きつけてやってきたらしい。亀は手を伸ばせば届きそうなところまでやってきては、顔をあげてこちらを見つめている。これが実に可憐である。そして気が済むとどこかに行ってしまう。そういう訪問を20分くらいの間に5〜6回は受けたのではないだろうか。突進してくる鯉も、さらに1、2匹いた。子供たちもかなり驚いていた。ちょっと、「聖(セイント)おにいさん」のブッダになったような気分である。
 亀と目を合わせていた数秒の間、心が通った、という実感があった。異種間のコミュニケーションということになるのだろうか。
 実はホーミーで動物と気持ちを通わせるというような話はよく聴くのである。だが僕はそういうのはどうも眉唾であると感じてきた。ホーミーを聴かせるとヤギの乳の出は良くなるとか、動物は涙を流すとかというエピソードは聞くのだが、「ホントか?」とどうしても思ってしまうのだった。梅田Singlesの「ホーミストの集い」にも、動物園で試したら大変なことになった、という人が来ていたが、僕自身はどうも信じられなかったのである。
 というのは、これまで動物に聴かせたことはあるのだが、どうもその成績は芳しいものではなかったからだ。家の猫も極めて鈍い反応しかしない。タンバリンにはあれほど鋭い嫌悪感を示すというのに、僕のホーメイに対しては、「うるさいなあ」という軽い嫌気を示す程度である。この間奈良公園で鹿に聴かせる機会があったのだが、彼らも「うるさいね」「そうだね」という感じだ。一瞬眉間に皺を寄せる感じがあって、それからお互いを見合わせて、踵を返して去っていくのである。これまで餌をねだっておきながらえらい態度の変化であるが、どこか迷惑そうな「なんか嫌な感じ」の表現であるところが印象的ではあった。
 かように哺乳類については、食肉類(イエネコ)においても有蹄類(ニホンジカ)においても、我がホーメイは「迷惑」「うざい」といった程度の反応しか引き起こせなかった訳である。こういう経験を持っていると、ヤギが感動した、とかいろんな動物が殺到したというようなエピソードはどうも信用することができなかったのだ。まあ、上手い人がやると違うのかもしれないが、僕自身は動物相手に音楽をやっているつもりでもなかったので・・・。
 そう思っていたところに、この水生生物たちからの大絶賛である。特に亀(アカミミガメが多かったが、クサガメもいたようだ)については、かなりきちんと気持ちが通ったと思った感じがしたので、やはり結構動物にもわかるのかもしれない、と認識を新たにしたのであった。爬虫類ウケするホーメイと、哺乳類するホーミーの違いというのが、もしかしたらあるのかもしれない。そのあたりについては、動物たちに問い訪ねるしかないのだろう。
 ホーメイを身につけた時、ちょっとだけ超人になったような気がしたものである。人間ではないものとして声を発した、という感じがたしかにあった。私の声ではないものが到来したという感じ。今回は、人間、という枠を超えて届いたという返事をいただいたという感じだろうか。僕はもう人間ではないのかもしれません。みんなこうなればいいのに、とも思う。倍音ハッピーな日々ではあるのだ。
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by kotoba1e | 2008-08-15 23:37 | 喉歌入門記

銭湯とビール

 しばらくぶりの更新だ。

 ことの順序から言えば、天若湖アートプロジェクトについて書くべきなのかもしれないが、これについてはどうも一言で言えそうにないので、また改めて書こうと思う。今は、関わってくれた総ての人にただただ感謝したい。湖面のあかりも素晴らしかったし、若い人たちの創意あるプログラムも良いものが多かった。今後に繋げていく勇気をもらった気がする。
 これについてはまた。

 で、このところ起きている時間の相当部分を傾けていたイベントが一段落したので、銭湯に行った。
 うちの小学生二人組の真似をして、水風呂と熱めの風呂との往復というのをやってみた。心臓の具合がいまいちだし、水風呂は正直怖かったのだが、入ってみると気持ちがいい。不思議なのは、水風呂に慣れた体で熱めの風呂に入ると、物凄く熱く感じるのかと思っていたら、そうではないということ。冷えた身体に優しく暖かく感じられるのだった。一度冷水に入った身体だと、熱水を経過した後でも冷水への慣れが残っていて、それほどの覚悟なくまた入ることができる。これを繰り返しているうちに、凝り固まっていた汗腺や立毛筋のあたりがマッサージされるのだろう。1時間ほどやっていると、かなりぐったりと脱力状態になってくる。そして風呂場に響き渡るホーメイの音色は澄み渡って来るのである。
 これは素晴らしい。変なスーパー銭湯なんかに行かなくても、近所で十分昇天できる。これからはホーメイのライブ前にも入浴してコンディションを整えようかとも思った。

 風呂を出たら何か気持ちの良い飲み物を探すのは、自然な行動だと思う。断酒からスリップして1年近くになるが、ここに来てやはりビールに手が延びるようになってきた。数年ぶりにビールの棚に対峙して気付いたのは、その商品種の少なさと価格レンジの多様性である。
 僕が以前飲んでいた頃は、ヱビスのような特殊高級品を除いては、だいたいみんな同じ値段で横並びだったのだが、今や安くて種類が豊富なのは発泡性リキュール類で、ビールは各社2〜3種といったところのようだ(コンビニ店頭のはなしです)。ビール類について言えば、ヱビス的なプレミアム商品の種類が異様に増えていて、一般のビールと棚に占める面積では変わらなくなってしまっている。これは驚きだった。
 麦芽100パーセントを売りにしていた、どちらかといえば高級イメージもあったサントリーのモルツが、今では普通のビール(スーパードライなど)より安く売られているのには少し驚いた。サントリーのプレミアムモルツは、ひょっとするとヱビスより美味しいのではないかと思うが、同じ感じの優しげで滑らかな味がして、かつ安いというのは大変お得なビールだと思う。ビール通の間では、サントリーは永らく馬鹿にされてきたが(というか僕もしてきた)が、サッポロ以上に筋の通った、味のアイデンティティが生まれて来ていると思った。
 元々のサッポロファンとしては、今のサッポロの迷走は寂しい限りだ(どれも基本的には美味しいのだけれど・・・)。一般には手に入りづらい、赤星マークの「サッポロラガー」(これは日本最高のビールであると確信している)の味わいを軸に、全商品の再編を図るべきだと思う。

 今日は午前の仕事の後、一旦家に戻ったら、そのまま昏睡してしまった。気付いたら17時である。9〜10日の本番では、どちらかといえば楽をさせてもらった方だと思うのだが、やはり疲れが溜まっていたのだろう。銭湯とビールがうれしい夜である。
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by kotoba1e | 2008-08-11 23:24 | もろもろ感想

天若湖アートプロジェクト「水の杜展」開幕!

 流域美大の学生らによる展覧会「水の杜展」が開幕しました。昨年は秋に開催しましたが、今年はメインイベント「あかりがつなぐ記憶」に併せての、盛夏の開催となりました。
 初日にあたる今日(10日)、さっそく水没集落にお住まいだった方々が見えたそうです。

 ・ドキュメンタリー映像「水になったふるさと」
 ・よみがえる上世木地区(1:500地区模型)
 ・くらしの道具たちの音(9日ライブあり)
 ・ひよしぬりえワークショップ
 ・ひよし窯産木炭による「おみやげ」(9日にワークショップあり)
 ・凧あげワークショップ(9日のみ)
 ・交流会「ふるさと茶屋」(9日のみ)

が展示されています。

 スプリングスひよしにお越しの折りは、是非お立ち寄り下さい。
特に9日に来られると、いろんなお楽しみがありますよ!
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by kotoba1e | 2008-08-04 08:17 | まち・地域・場所