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沖縄に行ってきた

 22日〜25日、仕事で沖縄に行ってきた。本島に行くのは初めてだった。印象的なことは沢山あって、すこしずつ書いていこうと思う。
 京都から行って強く感銘を受けたのは、日陰の風の爽やかさだった。京都のいやらしくしつこい暑さとはぜんぜん違う(実際気温は京都のが高かったりするようだが)。
 日差しそのものが輝いている感じ。本州ではくらがりを作り出してしまい最近特に嫌われている常緑広葉樹だけれど、沖縄では常緑広葉樹によってはじめて日陰が作られる。その影のやさしさと光の強さの生き生きとしたコントラストが、風景の大枠を形作っているように思われた。
 そしてそのやさしい木下闇に、多くの魂がひそんでいるようだった。この近しさは不思議。
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by kotoba1e | 2007-09-26 12:07 | まち・地域・場所

岡山守治ライブ

 4月に倍音S(バイオンズ)を聴きにいった下鴨のカフェ「Yugue(ユーゲ)」で、元倍音Sのホーメイプレイヤー岡山守治師のライブがあったので行ってきた。
 バスドラも入り3人編成でにぎやかだった倍音Sとは打って変わってのソロである、デジタルディレイ等も使って音を重ねたりもしていたが、生音を邪魔するような電子音は使われず、その人の声そのものが強調されるセッティングだった。シャーマニズムに関心があるということで、聴く者の意識を飛ばしてしまうような演奏だった。ライブが終わることには、顔の筋肉はぐにゃぐにゃに緩んで白目を剥いてよだれをたらしていた。
 モンゴルのホーミーとトゥバのスグットの技術論的な相違等についてもお話を伺うことができ、大変勉強になった。
 「Yugue(ユーゲ)」の旦那はコーネリアスの小山田氏にそっくり。奥さんはショートヘアのかわいらしい人だった。来月29日にはまた倍音muAlien(尾引浩志×宇宙人おーちゃん)のライブがあるらしい。京都倍音界の新しい拠点になっていきそうだ。
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by kotoba1e | 2007-09-21 23:52 | 喉歌入門記

VIVA LA MUSICA

 仕事も一段落して近所をぶらぶらしていると、「VIVA LA MUSICA」の店頭に「Percussion Circle : Free」の文字を発見。ここは喫茶店ともバーともつかぬ、ちょっとしたステージのある店で、以前佐々本果歩さんの朗読ライブを聴きにきたこともあった。以前は昼時も開いていて、よくフォーを食べにきたものだが、採算の問題もあってか今は夜だけの営業になっている。
 「Percussion Circle : Free」ということであるから、たぶんどこかの大学の民族音楽サークルの発表会か何かだろうと思った。飲み物代だけで済むのであれば多少演奏がアレでもいいし。ということで地下の店へおりていった。
 店に入ると、ミュージシャンらしい人はいなかった。なんでもテキトーに集まった客が太鼓を叩く日なのだという。せっかくだからステージに置いてあるコンガやジャンベを叩かせてもらうことにした。
 マスターは実は打楽器奏者であるらしく、めっぽう上手い。掌や手首の使い方の手ほどきを受けるうちに、ステージにも何人かの人影が現れた。みな常連さんであるらしい。
 いつのまにかサンバのリズムが始まる。皆ほろよい加減でリズムに集中する。店の後ろのほうでは、陽に焼けた女の子が肩もまぶしくくねくねと踊っていた。
 名も知らぬ同士が、アンサンブルに集中する。時に眼をつむって脈動する音に潜り込み、時に目配せしてソロを回しあったりする。いいかんじだ。
 資本が用意した音源とハイテク機材に支配されたカラオケとはまったくの対極にある楽しみだ。生で、肉体的で、精緻。何かが確かに解放される感じがある。そして緩やかにつながる感じがある。
 サラリーマンのみなさんも、太鼓で接待というのを考えてみてはどうだろうか。カラオケやゴルフよりずっといいと思うが。
 断酒の誓いもこのごろは有名無実化し、この晩も随分飲み物を頼んでしまった。でも気分よいからよしとする。1900円でこれだけ楽しめれば安いものだと思った。

 ジャンベの3種類の音の打ち分けを学んだ。ほんの少しえらくなったような気がする。こういう進歩はうれしいものだ。今度買おうかな・・・。
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by kotoba1e | 2007-09-10 10:21 | 音楽のことなど

ご冥福をお祈り致します

 「阿賀に生きる」、「まひるのほし」、「花子」、「OUT OF PLACE」等のドキュメンタリー映画で知られる、映画作家の佐藤真さんが亡くなった。京都新聞の報道によれば、東京都内の団地の階段から飛び降りたという。病気を苦にしていたかどうかは書かれていなかったが、昨年から入退院を繰り返していたと書かれていた。
 昨年、新潟大学の大熊先生を囲む酒宴で一緒になったとき、大熊先生から「ずいぶん痩せたね」と言われていたのを思い出す。その直後入院されたという話も聞いていたが、春には元気そうな姿を見ていたので安心していた。それがこういう結末を迎えるとは思ってもみなかった。
 何度もお会いできた訳ではないが、率直さと包容力のある人だったと思う。「阿賀に生きる」に出て下さった地元の方が亡くなるたびに、そのお葬式に出ていたという話も聞いた。
 佐藤さんの映画は、人ひとりひとりがどうして生きているのか、何がその人を生かしているのかを生活現場から丁寧に撮っていくものだった。それはそういう生身の暖かい付き合いから生まれる信頼があって初めて可能になるものだったのだろう。
 「阿賀に生きる」は僕のものの見方、人生観と環境観を根底から変えた映画であり、受けた影響は大きい。今度ゼミ間で交流できたらいいですね、なんて言っていたのに、見果てぬ夢になってしまった。しかし、その映画から受け取っていくものは、これからも尽きることはないと思う。

ご冥福をお祈り致します。
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by kotoba1e | 2007-09-06 22:12 | もろもろ感想