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保津川下り

 保津川(ほづがわ)というのは桂川のこと。亀岡盆地の南半分から嵐山のあたりでは、そういうらしい。亀岡の真ん中あたりでは大堰川(おおいがわ)というが、嵯峨嵐山のかつて葛野大堰(かどのおおい)があったと伝えられる辺り数百メートルの区間を大堰川というのだという人もいる。日吉を遡り、旧京北町域の最上流域では、上桂川(かみかつらがわ)と呼ばれている。

 昨日13日は、初めての保津川下りだった。(社)日本造園学会関西支部大会のエクスカーションの企画を任されてしまったのである。職場の方にも外せない仕事もあったのだが、「頼む!」と言って同僚に押し付けてきた。連絡も来なかったから、特に問題はなかったのだろう。

 澄んだ水の中を、平底の高瀬舟で下る。全長にして12mくらいの舟らしい。船頭さんは3人乗る。水面から飛び出している岩の間を、5センチくらいの隙間を残して通過して行く腕前は凄い。船頭さんたちは、川の中の地形をすべて知っているのである。ちょうど400年前の1606年に角倉了以によって川が開かれて以来、どの船頭さんも必ず竿を立てたという、岩上のポイントがあって、そこには、ちょうど竹竿の入るくらいの穴が空いてしまっていた。

 川というのが、瀬と淵が入れ替わりながら進んで行くものだということがよくわかる。静まり返った水が、早瀬に来ると急に生き生きと白い光を見せ始める。その繰り返しが、時間の感覚を奪ってしまう。僕らが行く峡谷を、何度も鉄道の鉄橋が渡って行く。そんな何本もの線路がこの山中に通っているはずもないので不思議に思うが、なんのことはない。この何重にも屈曲した腸状の河道を、串刺しにするように真っすぐ鉄道が通っているのだ。ひたすら真っすぐに、トンネルと橋だけで、通過して行くJR山陰線だ。僕たちの舟が、それを縫い止めるようにして下って行っていたのだ。

 2時に下り始めた頃は、亀岡盆地の空は広く、舟の上も暑いくらいだったが、保津峡に入ると、空は明るくとも川まで光は届かない。低く入ってくる秋の陽によって、山の肌が、明るい色(緑というより橙色に近くさえある)と暗く沈んだ色(深緑というよりは、本質的に黒である)に綺麗に染め分けられる。その境目の当たりを、動く舟から見ていると、少し気が遠くなるようだ。
 川面には冷たい風が走っていて、嵐山に着く頃には、身体も少々冷えてきていた。そんな頃合いに、おでんや甘酒を満載した舟が接舷してくる。舟の上で頂く甘酒はまた格別のものであった。
 若い船頭さんの、川の自然や歴史にまつわる教養の深さには驚かされる。お父さんが教えてくれたという謡曲の中の風景をめぐるお話には、確かな詩があった。分厚い筋肉から放たれる、繊細で明晰な語りにうたれた。

 時計を見れば2時間弱。しかしそんな長さはまったく感じなかった。水面から見る風景、水面から感じる時間というのは、普段感じているそれとは、全然違うもののような気がした。

 保津川下りの船頭さんのブログはこちらです。


 今日14日は支部大会のシンポジウムを聴きに行った。当代随一の庭師であり桜守である、佐野藤右衛門さんのお話は面白かった。
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by kotoba1e | 2006-10-14 23:34 | まち・地域・場所