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(独)水資源機構日吉ダム管理所のサイトで「ダム諸量」が常時公開されているので、それを取り込んでグラフにしてみた。水位、貯水量、平均流入量(秒あたり)、平均放流量(秒あたり)、流域平均雨量のそれぞれを、データのある期間内の最大値を100%として表した。データは現在公表されている、2005年4月〜2011年6月の7年間のもの。天若湖アートプロジェクトの歴史にちょうど重なる期間である。
![]() 一瞥して気付くのは、その周期的な動きである。水位と貯水量の曲線は大きな周年リズムを見せる。毎年微妙な変化を見せるが基本的に似た上下動を繰り返す。日吉ダムでは、夏期には農業用水等を供給するためにどんどん放流して水位を下げ、台風や積雪を受けて秋以降水位を上昇させるという運転を行っている。そうした操作がこのグラフに現れている。 一番上方をふらふらしているのが、水位。これは90%を割ることはほとんどない。しかし一番目立つ大きな変化を見せる貯水量と見比べると、増減のリズムを共有しながらその幅には大きな差があることに驚く。水位が少し減るだけで、貯水量は(期間の最大値に対して)30%程度にまで下がってしまう。ダム湖が下すぼまりの尖った容器であることが実感される。 グラフ下部から鋭く立ち上がっているのが、流域平均雨量、平均流入量、平均放流量である。前2者は複雑な遅延を介すものの、直接的な強い関わりをもつ。それに対し放流量は一見似た挙動を示すものの、よく見るとだいぶその挙動は異なる。これは人間の意思が介在するダムの運転そのものなのである。いつどのように放流するかは、下流の治水安全性に直結する。先の周年リズムの中でその折々の判断が求められる。ゲート操作はある意味音楽的でもある。 日吉ダム湖の数キロ上流には、世木ダムが堤体を残している。このダムはゲートを取り外されているので、その上流側の水位は、ダムを越流する高さに一定となる。それに対して下流の日吉ダム湖は周年的に運動し、その水位は大きく変動する。繋がった二つのダム湖は、それぞれの水際線まわりに、まったく異なった景観を見せる。 ダムの運転は、自然と対話する形で行われる人為である。それが描き出すラインは、幾何学的な曲線・直線ではなく、心電図のような、規則性とノイズを併せ持った、繰り返しのようで二度と同じ形にはならない生き物めいたものになるのだった。 ダムがゆっくりと見せるこの呼吸のような運動は、時折訪れるだけでは知覚しにくいが、これを時間の中で経験できるようにするにはどうしたらよいか。一つの案として音響作品化を検討しているところである。8月の天若湖アートプロジェクト2011本番までには、習作を一つ上げてみたい。 今回プロットしたのは、2005年の途中からのデータであるが、その前年には台風23号による豪雨があり、おそらくダムは違った挙動を見せているはずである。1998年の供用開始時の様子も興味を引かれる。ひとつのダムの誕生から最期までを、こうしたデータから物語ることもできるのだろう。 ▲ by kotoba1e | 2011-07-03 10:45 | まち・地域・場所 | Trackback | Comments(0)
天若湖アートプロジェクトの一環として今年から始まる、湖面を活かす提案募集(いいタイトルないものか)へのエントリー案として構想中の、天若湖「音」プロジェクト。そのためのメモ。
単に水の中の音が聴きたいんじゃなくて、今の湖の呼吸音みたいなものを探り当てたいんだと思う。超長期のリズムみたいなものとか、ゲート操作による変動とか、自然の湖とは違った息吹があるはず。それを知覚可能にするにはどうしたらよいか。 去年天若湖に大量の流木が流れ込んだ後、ある時それらは一列になって湖を貫くように並び、ある時は両岸に沿うように分かれたりした。湖全体が巨大な唇のように運動していたよ。僕たちが聴きたいのは単なる水音ではないはずだ。潜在している湖の声なんだと思う。 ▲ by kotoba1e | 2011-06-21 12:43 | まち・地域・場所 | Trackback | Comments(0)
17日、春日若宮おん祭に行ってきた。もちろん全部を見るのはかなわないので、午前零時に神さまが出てきて移動する遷幸の儀と、その直後にお旅所で行われる暁祭だけを見てきた。京都の家に帰り着いたのは午前3時30分くらいであった。
特に森の中の暗闇の道で行われる遷幸の儀は、評判に違わぬ印象深い、というか衝撃的なものだったので、文章にしておきたいと思う。今日のところは、当日のメモ(twitter)をまとめておき、後で思いだすよすがとしておこうと思う 奈良公園なう。すごく寂しい&寒い。鹿の声がする 10:46 PM Dec 16th 月とオリオンがきれい。これから森へ 10:52 PM Dec 16th 鹿の目が光っている 11:13 PM Dec 16th 月明かりの木漏れ日!木漏れ月? 11:19 PM Dec 16th 離脱 11:44 PM Dec 16th 春日若宮おん祭りより帰還。遷幸の儀凄い。月明かりが差し込む深夜の森。耳も目も限界まで敏感になった状態で、見てはいけないもののすぐ近くまで行った感じ。震えが止まらなかった。月の光まぶしさを知った。 3:29 AM Dec 17th 森の闇の下でいくつも光っていた鹿の目は懐かしかった。 3:36 AM Dec 17th 街にはいなかった人影が森の参道で少しずつ密度をあげてきたときの高揚感はなんとも言い難かった。砂利道に落ちるまだらな影が、月明りによるものだと気づいたときに、多分日常から切れたんだと思う。 3:39 AM Dec 17th 行列の声と音は恐ろしかった。言葉にもならない声依然の声が森の闇の中、遠くから近づいてくるのは戦慄した。声が通り過ぎた後に聴こえてくる笙の音は、どう考えてもこの世のものじゃない 3:42 AM Dec 17th なお、寮美千子さんがこの遷宮の儀と、翌日の田楽と還幸の儀についてつぶやいておられた。簡明かつ印象的なものだったので、togetterでまとめ、紹介させていただく。是非ご覧ください。 ▲ by kotoba1e | 2010-12-18 23:54 | まち・地域・場所 | Trackback | Comments(2)
■11月1日(月)
朝7時過ぎ、昨日借りたバンにて岡山県井原市青野に向けて出発。フィールドでのワークショップがあるのである。青野は複雑な地形をした丘陵地で、戦前はたばこ、今はぶどうの生産が行われている農村だ。 そこで、すべてをその地から生み出そうとしている人がいる。なごみ農園/なごみLABOの仁城亮彦さんは、その地の土と石で窯をつくり、その地で麦を植え、その地のぶどう畑の酵母を使って、パンを作っている人。芸術大学で情報デザインと芸術学を学んだ仁城さんは、この農的行為と表現の間にあるものを鋭く意識しているアーティストでもあるのだ。 同時に、店も自動販売機もないこの村は、信心深い人々の伝統が生きているところでもある。そうした風土を体で味わい、そこから生まれる表現の可能性を考える、というのが、今回の趣旨である。 バンは山陽道をひた走り、12時前には井原駅前に着いた。昼一番で集合、青野に向かう。この日は放棄されていた畑を開墾した。時間があまりなかったけれど、これが毎年続いて、新しい場所が生まれたらいいと思う。 この晩は、仁城さんご家族、ボランティアスタッフのみなさんと一緒に居酒屋で晩ご飯。どういう流れかすっぽん鍋をいただくことに。だらしなくない「あんこう」、といった感じ。ぷりぷりのコラーゲンの塊であった。 ![]() ■11月2日(火) この日は全日程のハイライトである。グループ分けのあと、各グループは「おじいさん」「おばあさん」「おかあさん」「おとうさん」「こども」といった分担を決める。若者のおじいさん、男性のおかあさん、70歳代のこどももいるといった塩梅。「おじいさん」「おばあさん」は畑で地場の野菜を収穫して、その日と翌日のご飯をつくる。「おかあさん」「おとうさん」は、この晩のお祭りに奉納する「お餅」と、「パン」を作る。「こども」は遊んだりお手伝いをしたりといった仕事となる。 昼は神楽の会場となる穴尾八幡宮まで散歩し、そこで握り飯と味噌玉の汁をいただく。門に掲げられた灯籠に、その年の村の人々が詠んだ歌が、草花の絵とともに書かれていた。 まろやかな一粒の葡萄ふふむとき吾が里の秋裡(うち)にひろごるといった里の秋を詠ったものに混ざって 水車小屋野小屋も松も皆失せてあわだち草がゆれるふる里といった過疎や農道開発によって変容していく村を詠うものもあって、胸を突かれた。 ![]() 夜はこの八幡宮にて、恒例の備中神楽の奉納があるので見に行く。境内はしんしんと冷え込み、一方で大きな火が焚かれた。舞台では舞あり漫談様の掛け合いあり(これが滅法面白い!)の神楽が、北山社中のみなさんによって上演されている。オオクニヌシの国譲りからスサノオによる八岐大蛇の退治まで、上演時間は6時間。終わったのは夜中の2時頃であった。7年に一度の荒神様の神楽は夜通し12時間舞われるという。それも是非見てみたいと思った。舞台から振る舞われる「福の種」に、昼間作ったお餅が入っていた。うれしい。 暗闇を宿舎にしている公民館まで帰る道すがら、星の美しさに驚く。オリオンの大星雲が、目の前にあるかのように見えた。となりの美星町は、この星の美しさと備中神楽でまちおこしをしているが、それもうなづける夜空であった。 ![]() ![]() ■11月3日(水)文化の日 最終日。この日は青野地区をくまなく歩き、見つけたものを地図にするというワークショップを行った。街並とその色を採集したもの、季節を感じさせる草花を観察して地図にしたもの、眺望のよい山のてっぺんまでいったグループ、アーティストが参加しての地域おこしを考えたもの、いろいろな地図が出てきた。これらは近く、地元の方々に見ていただくことになりそうだ。 なごみ農園のおかあさん、奥さん、ひなちゃん、とものすけ君など、地元の人々との交流も忘れられないものになった。来年がまた楽しみである。 ![]() ![]() ▲ by kotoba1e | 2010-11-09 10:57 | まち・地域・場所 | Trackback | Comments(0)
■10月23日(土)、24日(日)
この週末には、行きたい行事が目白押しだった。「一日中水を語る日(カッパ研究会)」「保津川筏復活プロジェクト(京筏組)」「1000人で音楽をする日(千里文化財団)」「音の糸(音遊びの会)」「亀岡祭」・・・。その全てを我慢して、行ってきたのがこれ、「第3回 いい川・いい川づくりワークショップ」であった。関わっている「天若湖アートプロジェクト」が、それに参加したからである。 「いい川・いい川づくりワークショップ」は、前身の「川の日ワークショップ」から数えると、13回目になるという歴史のあるイベント。日本全国の川関係のプロジェクトがプレゼンテーションされ、それについて議論する。結果として表彰というのはあるけれど、吟味の過程を通してそれぞれの良さを共有し、気付きを得て持ち帰ろうというもの。官庁から丸投げされた偉い人が選んで、一方的に表彰されるというのとは全く異なる。市民による自主運営によるワークショップである。 こうしたところで発表するのは初めてなので、おそるおそるの参加だったのだが、思わぬ好評を得て、なんと準グランプリをいただいた(参加団体は32団体)。ちなみに僅差でグランプリとなったのは、同じ近畿の大和川市民ネットワーク。おめでとうございます。 ありがたいことである。アートプロジェクトの方でも水環境の方でも、似たタイプのイベントがあまりないこともあって、これまでの6年間には時々だけれども心細くなることもあった。今回の受賞は励みになるものだ。受賞もだけれど、参加された多くの方から、直接声をかけていただいたのがうれしかった。懐かしい人との再会もあった。 議論の進め方にも学ぶところが多かった。川と水の世界には、命に関わるシリアスで総合的な問題を、いろいろな人々を巻き込んで議論する中で鍛え上げられてきた、議論の方法論というものがあるようだ。これも持ち帰って参考にしたいところだ。 いろいろ我慢して行った東京だったが、行ってよかった。 帰ってきての京都駅、消息不明となっていたW田君とばったり。いつもふらふらしていて心配していたのだが、なんと森の仕事に携わっているという。よかった。 おめでたいことの続く一日であった。 ▲ by kotoba1e | 2010-10-25 01:36 | まち・地域・場所 | Trackback | Comments(0)
毎年お盆恒例の、黒田村訪問。
伊藤さんとの片波川源流域訪問、井本さんの「吉野山森づくり」、「松上げ」に参加させてもらったことなど、素晴らしいことばかりだった。参加したみなさんも喜んで下さった様子。よかった。 地域に生き、その風土の中で表現し続けるということ。日々のいろんな局面から、それをみな学んだことと思う。 特に井本さんの森作りは、シュヴァルの理想宮に似た凄みがある。急斜面に一人で手を入れ、山の景観を作っておられる。その作業の質と量には圧倒される。 井本さんご自身は教養と公徳心に溢れた立派な方だけれど、この森の魅力はそれを超えた不思議なところから生まれている。間違いなく、「作品」である。 2008年の様子 http://overtones.exblog.jp/9563165/ http://overtones.exblog.jp/9393952/ 例年になく蒸したこと、天若湖アートプロジェクトから1週間も経っておらず体力が回復していないことなど、消耗も激しかった。 その翌日である今日は、到底素面では仕事できない状態だったので、酒の替わりに三線を持って歩いた。通勤中も打ち合わせ中も、適当に爪弾きながら、意識はどこかに飛んで行くのであった。 木製三線、ピエゾ素子がハウるので、詰め物をしてミュートしていたのだが、それを全部外した。ストレートで気持ちのいい鳴り。もうこれで行こうと思う。出力過大になる件は、ボリュームペダルで対応することに。 ▲ by kotoba1e | 2010-08-17 23:59 | まち・地域・場所 | Trackback | Comments(0)
★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆
天若湖アートプロジェクト2010<あかりがつなぐ記憶>開催のご案内 「あかりがつなぐ記憶」は、日吉ダム・天若湖全体を舞台にした壮大なアートです 8月の夜、2晩だけ、水没した天若集落(約120戸)の家々のあかりが、ダム湖面に浮かびます 時空を超える幻想的なあかりをぜひ体験してください。 日時:8月7日(土)、8月8日(日)2晩、日没から日の出まで 場所:京都府南丹市、日吉ダム周辺 ※8月7日(土)、8日(日)はJR日吉駅発着の送迎バス&ガイド付き観覧バスがあります。 ※8月7日(土)はJR二条駅発着「あかりがつなぐ記憶ツアー」http://www.tourland.jp/ もご利用ください。 ★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆★★★☆ 【その他の主なプログラム】 ○展覧会 1)水の杜展-天若湖アートプロジェクト2005~2010 日時:平成22年8月6日(金)~9日(月)10時から閉館まで※最終日は昼12時まで 場所:スプリングスひよし2Fギャラリー 内容:天若湖アートプロジェクトの紹介を中心に、天若地域の環境、文化に触れる展示をします 2)殿田郵便局ギャラリー「みんなのカッパ展」 日時:8月7日(土)、8月8日(日)13:00~19:00<予定> 場所:旧日吉郵便局 内容:カルティベーション・パートナーズのみなさんによる「カッパ」をテーマにした絵画やぬいぐるみなど造形作品の展示をします ○ワークショップ 1)牛乳パックであかりをつくろう 日時:平成22年8月7日(土) 場所:スプリングスひよし2Fギャラリー 内容:ワークショップで作った作品は、夜間「世木林・あかりのみち」で展示します。 2)桂川で遊ぼう! 日時:平成22年8月8日(日)11:00~15:00 場所:桂川河畔(スプリングスひよし歩道橋近傍) 内容:川遊びのエキスパートと一緒にEボート、ストーンペインティングなどを体験します。 (企画協力/摂南大学澤井ゼミ・摂南大学エコシビル部) ※詳細は公式ブログでご確認ください http://amawakaap.exblog.jp/ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 主催:天若湖アートプロジェクト実行委員会 お問い合わせはama_art@mac.comまで ▲ by kotoba1e | 2010-07-28 10:36 | まち・地域・場所 | Trackback | Comments(0)
ものすごい爆発音で飛び起きた。
しばらくしても、団地内にざわつきは起きなかったので、この中のことではなかったようだ。 Twitterを見ていたらどうやら落雷だったらしい。 すっかり目が覚めてしまった。 ▲ by kotoba1e | 2010-06-16 03:08 | まち・地域・場所 | Trackback | Comments(0)
梅小路公園についての続きは、また今度改めて・・・
大原に伝わる大原道念音頭を、子どもたちに伝える資料づくりのお手伝いをしている。今日は、その一つ「大原名所」に歌われている古跡を、染織家の上田さんに案内していただいた。昨日一昨日とは打って変わって穏やかな晴天。大原を巡るには最高の一日だった。鳴りもの一切なしで、歌だけで進行する不思議な踊り「道念音頭」。かつては大原八ヶ村のひとつひとつに歌が伝わっていたそうだが、今に残っているのは三つのみ。この「大原名所」は、各村の名所が歌い込まれた大原ユニバーサルな歌で、比較的新しいものらしい。今の大原の子どもたちに郷土について知ってもらうには、丁度いい題材なのである。 三千院と寂光院ばかりが有名な大原だが、その本当の魅力は村と田園にある。「大原名所」に歌われているスポットを追うことで、その歴史を再発見できそうだ。歌と、踊りと、名所とを結びつける、いいものを作りたいと思った。 午後は大原の森作りについて、別のグループと打合せ。夜は天若湖の精算会議で領収書に埋もれて作業をした。 ▲ by kotoba1e | 2010-03-12 23:50 | まち・地域・場所 | Trackback | Comments(0)
傍観者でいるつもりが、結局かかりっきりになった展覧会「天若湖アートプロジェクト2005-2009」が、7日に終わった。6日には遠方からゲストをお招きしてのトークショーの司会、7日は日吉の郷土資料館までお借りしていた収蔵品の模型を返却するなど撤収で大わらわ。大変だったけれど、いろんな課題も見えてきてよかった。何よりいろいろな方々と突っ込んだ話ができたのもよかった。
今日は一休み、といいつつ、展覧会場の様子を撮った動画を編集してYouTubeにアップしたり、報告書のまとめをしたりで終わってしまうのであった。 天若湖アートプロジェクトについては、こちら 「天若湖アートプロジェクト2005-2009」会場風景 iPhoneで撮影したので、ぼけぼけになってしまった。 BGMの口琴は当然だが私。ドラムのような音も口で出しているので、「口先だけの音楽」である。途中で入るオルガンの曲は、中塚智子さんが聞き取り調査で採集した「世木青年の歌」。沈んでしまった分校の、まぼろしの校歌である。演奏は中塚さん自身によるもの。 ▲ by kotoba1e | 2010-03-08 18:50 | まち・地域・場所 | Trackback | Comments(0)
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