The Blue Stones
蕃さん(水島英己さん)の「The Blue Stones」(樹が陣営22号,2001)で言及されていた同じタイトルの詩が収録されている、Raymond Carverの作品集「Fires」を入手した。早速「The Blue Stones」から読んでいる。
蕃さんの作品において、冒頭の福間健二からとられたエピグラフ 「青い色が泣いている/灰色がかった青でも/青は青であるといいたいのだ」 がその基調を決してしまっているようにも見えるが、このCarverの作品においても、フローベールからの 「If I call stones blue it is because /blue is the precise word, believe me」 が全てを語っているように見える。 この作品で「きみ」と呼びかけられているのは、普通に読めばボヴァリー夫人のラヴ・シーンを書きながら自慰にふけるフローベールである。「これは愛とはまったく関係がない」 愛とは関係なく、性そのものを書こうしたフローベールが、ゴンクールと夜の浜辺を歩いたときに拾い上げた、月明かりに照らされた青い石は、翌朝もなお青いのだった。このあたりの潮がわたる夜の浜の石をめぐるイメージは美しい。 この作品での青は変わらない青であり、フローベールの本質を看取する目や筆法と結びつけられているような印象を受ける。 蕃さんの「The Blue Stones」ではむしろ、福間のエピグラフにも見えるように、そこからの揺らぎとそこに留まろうとする思いとのせめぎ合いが主題化されているようだ。そして青には「自ら光りながら、物と事をつらぬく無垢」、青春性が含意されている。 自慰のモチーフ、「信じてください」の起源、「友人」など、Carverの方を読んで発見できたことがたくさんある。これを読んだ事で、また新しい読みが生まれそうである。 蕃さんのこの詩は、福間健二とも、カーヴァーとも、フローベールとも、伊藤静雄とも繋がっている。そしてそれぞれのテキストへの経路は、一律ではなく多様な方法が企まれている。 福間に対してはエピグラフで、カーヴァーに対してはタイトルの共有と、詩の中でのトートロジカルな言及によって、フローベールに対してはカーヴァー経由で、伊東静雄に対しては断片化された引用によって。このことによって、この作品は、外部のテキストに対して開かれた風通しの良いものになっていると思う。 今並行して、村野四郎や石原吉郎を読んでいるが、これらの作品には、作品はいかなるコンテクストにも依拠せずに、自律して存在しうるべきだ、という強固なコンセプトを感じる。堅固だが、ある種の読み疲れも感じる。この自律性に立ち、共同的なコードを拒否する性質は、絵画から建築、文学などジャンルを貫くモダニズムの特徴といえるものだ。ここには、外部のテキストと関わりながら存在する、というあり方はありえなかった。 蕃さん版「The Blue Stones」に見る、テキスト同士がネットワークを作り、それぞれの間で意味が乱反射しあうようなイメージというのは、やはり多分にポストモダン的なものなのだと思う。 引用も一律で固いものになってしまうと、単に衒学的になったり、読者を遠ざけたりという悪弊が生じるが、うまく活かせば読者をより広い場所へ連れて行ってくれる。 石原吉郎を読んでいるときに、辻征夫さんの詩で見慣れていた「アレクサンドル・セルゲーエウィチ」の名の行が出てきてぎょっとした。この新鮮さも、辻さんの詩が開いてくれた経路が導いた出会いだったのだと思う。
by kotoba1e
| 2006-02-07 09:37
| ことばと表現
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