天稚彦伝説


湖面に再現された世木林集落の灯り 写真:石田知紀

 携わっている天若湖アートプロジェクトについての本を、現在企画中である。
 天若地域の歴史と姿について、僕が書くことになったので、いろいろ調べている。
 「天若」という地名を見て、ピンとくる方もいると思うが、ダム湖に水没したこの地域には、天若日子(天稚彦とも。アメノワカヒコ)を祭る天稚神社があった。
 アメノワカヒコは、古事記にも名前の見える神さまで、地上を平らげるべく天から遣わされておきながら、オオクニヌシの娘シタテルヒメと懇ろになってしまい、しまいには天に謀反を企むようになって射殺されてしまう。何だか悲劇的な反逆者というイメージをこれまで持っていたのだが、少し調べると、恋に溺れて本来の任務を忘れたりするところが結構人気の元だったりするらしく、室町時代には彼を主人公としたおとぎ話も出てきたようだ。
 御伽草子の中では、異界からやってきて、美しい娘と懇ろになるが・・・という骨格は保存しながら、七夕起源譚に変形されている。

 海を支配する青龍王の息子として蛇に化身して現れ、長者の娘と契るが、欲深な姉たちによって禁じられた唐櫃が開けられてしまったことで、天から帰れなくなる。娘は“西の京の女”から、「一夜杓」というのを借り、ジャックとマメの樹ばりに「ひさご」を成長させて天に至り、アメノワカヒコに再会する。その間、あまり親切でない星たちとややぶっきらぼうなやりとりがあったりするが、この辺では「荒川アンダーザブリッジ」の星野郎を思いだしたりした。このあとアメノワカヒコの父が鬼で、娘に無理難題を出すが・・・というエピソードをはさみ、結局彼らは年に一度しか逢えなくなってしまう。ここに織姫と彦星とその行き来を阻む天の川とが生まれる、という筋である。

 我が丹波日吉の天稚神社は、光となって飛来した天若日子の啓示を受けて創建されたという。一夜に杉の大木を3本生じさせるという奇跡があり、そこから「世木(せぎ)」という地名が生まれたという逸話が残されている(どうしてそうなるのかよくわからないが)。今「ひよし昔ばなし」等の文献から知ることができる天稚神社の由来には、あまり色っぽいところはないが、天からの到来、星との関わりは暗に感じさせるものだ。
 毎夏、天若湖アートプロジェクト「あかりがつなぐ記憶」の現場では、湖面に据えられた旧集落の家々の灯りの上に、満点の星空が広がる。かつてはもっと多くの星が鮮明に見えたことだろう。
 天稚神社をその真ん中にもっていた世木林の村は、急峻な宇津峡を抜けて、ふと空が広がる穏やかな平地だった。今は湖底になっているその地からの夜空の眺めを想像してみたくなる。その広く深い夜空は、数百年にわたって、天若の人々が見上げてきたものだ。そしてその夜空の見え方にはどこか、天稚彦伝説の反映があっただろう。
 「あかりがつなぐ記憶」は、上下流の人のこころをつなぐものとして企画されたものだった。けれど、この作品が語りかけてくるのは、そうした今日的なテーマだけではない。黒い空と黒い山と黒い湖面を背に、空と地上の星が鮮明に浮かび上がる風景は、むしろ、悠久の時間を感じさせるものだ。
 湖面に水没した村の灯りを据えていくというこの行いは、結果的に、星界からやってきて天と地をつないだ天稚彦ゆかりの地の旧い記憶を、風景の上に顕わすことになったのかもしれない。
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by kotoba1e | 2009-01-08 10:31 | まち・地域・場所
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